一睡もしないまま、パタパタと慌ただしく家を出た。

向かうは、極楽浄土。
高速を降り、フロントガラス一杯に北斗七星を映しながら、湖畔沿いを走る。
霧が出てきた。喉が痛い。風邪ではない。煙いのだ。
車の気温計を見ると、外気は6度を下回っている。
霜防止の為に煙を焚いているのだろうと、ステアリングを握った夫が涼しい顔で言った。
そうか、霧ではなく煙なのかと驚いた。

山に分け入り、硫黄臭が漂うワインディングに突入した。
夜が、底から湧き出るような太陽に追いやられていく。
朝が来た。
日本とは思えないような景色が広がっている。

活火山から立ち上る噴煙。
それに負けじと生えた木々が、紅葉してきている。

しかし眩しい。
雲海が広がって幻想的ではあるが、駐車できそうなスペースには先客がいて停められぬ。

ずっと雨に苦しめられた身に、太陽が沁みていく。



連休初日の早朝だからこその、独り占めな景色。
あと数時間すれば車で埋め尽くされるのだろう。

極楽浄土を後に、ウロウロと徘徊する。
東北にはいい道が山のように存在する。
舐めるように、あっちへこっちへと当にドライブを楽しげに楽しむ夫を横に、意識を手放した。

お昼。
道の駅で買った赤ベコ焼きを、五色沼の畔で食す。

観光客らしく、弁天池を少し散策。
鏡のような美しさに魅せられる。
睡眠不足の体が重く、装備も特にない。
もう少し歩きたい所だが、後ろ髪引かれながらドライブに戻った。

今日のお宿はこの街。
名湯、飯坂温泉である。

、、、、廃墟が多い。
金曜日の夜、慌ててとった宿。
寝れればそれでよし。温泉なら尚良し。
三連休にまさかの空きがあると飛びついたのだが。
なるほど。下火になっているからなのだと思い知った。

人というのは面白い。
廃れた原因を検索したら、近くなりすぎたという回答が返ってきた。
インフラの整備で、首都圏や仙台から来やすくなった。
そこに秘湯ブームが到来。
団体客を呼び込んできた大箱で近場となった温泉宿群はそっぽを向かれたという皮肉。

停まっている車は、更に近場な福島ナンバーが目立つ。
混む遠出は避け、気軽に温泉に浸りたい。
そんな近隣に支えられているのではないかといった印象。

ギリギリで取った為夕飯は街に出なければならず、温泉は後回し。
布団に潜って仮眠を取り、夜の温泉街を徘徊することに。

突き出しがきちんと美味い店は、信用していい。

温かく迎え入れてくれた店は、地元の人も多い民宿併設の居酒屋。

会津産の馬刺しは、道の駅で売っていた価格とほぼ同じ。安い。いいの?ありがたい。美味い。
道中の道の駅で、冷凍ではなく生肉な馬刺しが売っているというのは衝撃的だった。
だが日本酒と共に頂きたいタイプなのでこらえた。
ここで再会できた喜び。

女将さんは美人で、従業員も明るく、常連さん達も和やか。
実にいい店だった。

宿に戻って温泉に浸かり、泥のように眠った。

翌朝。5時に目が覚める。
朝の温泉街は徘徊せねばならぬ。
フロントに鍵を預け、テクテク川を渡る。

鯖湖湯は、共同浴場として最古と言われているらしい。
老朽化によって意匠を汲みつつ拡張して再建しているので、最古とは何ぞやではあるが。

常連さんにペコリと頭を下げて、共に開館を待つ。
6時。券売機で400円を払い、扉を開ける。
昔ながらの共同浴場にありがちな、脱衣所と浴槽に仕切りがないワンルームタイプ。
だが一応鍵のかかるロッカーはある。有り難くそちらにしまい、掛け湯を使おうとする。の、だ、が。

熱い。熱湯違うかと感じる温度に飛び上がる。
水をだーだー出したいが、地元ルールがわからぬ。
男風呂側は人が良さそうな常連もいたが、同時に入った常連のおばさんは、自宅の風呂かのように色々占領し、荷物も放り出し放題。
近づくな喋りかけるな余所者めというオーラを放っている。
居づらい。早く出たい。
マナーとしての掛け湯をなんとかこなし、湯船にそっと足を差し込む。

言葉にならぬ熱さ。
だが、ええいままよと腰掛け、じっと耐える。
40秒位は我慢できただろうか?
肌が訴える痛みに、命の危険を感じて出る。

縮こまっていたせいか、湯が触れていない腹や太ももの一部が白い。
晒された部分は、真っ赤。なんというおめでたいカラーリングが施された体になった。
あがり湯もそこそこに体を拭いて服を着る。

なんというカラスの行水。
可笑しくなって一人ニヤニヤする。
お掃除していた管理人さんとおしゃべり。
あれはじっくり掛け湯でしつこいぐらい体を慣れさせなきゃダメなんですよ。
さっと入るものじゃないという。
少しは水でうめたんですけどねー。女風呂は50度だったかなー。そりゃ熱いわけだ。

宿に戻り、フロントのおじさまにただいまと外湯エピソードを語ったら、朝一番なんて入るもんじゃないと笑われた。

何とも朝から濃い飯坂温泉だった。

宿を後にし、下道で那須方面まで移動してのんびり家路につく。
家にてゆっくり入った風呂に思わず、ああ、お家が一番と溶けた、そんな旅であった。

天神さま美味し。