(私のウィール、リトルグレース)
その1で、駐車のことが、危険で、気になっていたことを、書いたのですが、、、
次の週、別のメンバーさんと会ったので、そのことを話したら、
道路を、渡らなくても済む場所を、丁寧に教えてくれました。
その1 を、読んでくださった方が、私の ウィール Wheel について コメントされたので、
今回は、それを、手に入れた経過と、ギルド Guildに入った経過を、書きましょう。
ギルドに入った経過:
私たち夫婦が、NZに引っ越したのは、25年前のことです。 最大の理由は、私の花粉症だったのですが、、、
主人は、自国に帰って、水を得た魚のようになったのと裏腹に、
私は、言葉もままならずで、先ずは、語学学校へ通っていたのですが、、、
1年後には、頭打ちとなり、、、(それ以上のコースが、なくなった!!のに、 結果は、、、ダメ!)
将来の見通しが、出来ずに、だんだん落ち込んで行った頃のことです。
主人が、スピニング したらどうか?と、勧めてくれました。
毛糸を、紡ぐことは、主人の母親が、したかったけれども、叶わなかった夢だったそうで、、、。
ギルドと言って、羊毛に関する趣味のクラブが、NZには、全国的な組織になっていて、クライストチャーチにもギルドが、あります。
そこで、初心者向けの 紡ぎの、ひと月のコースが、あった(今もある)ので、一応参加してみました。
その時、生徒は、4~5人いたようです。
ウィールは、貸出し。 フリースは、ギルドのお店から買って。
先ずは、フリースの選び方、準備の仕方を、習いました。
羊から刈られた生の毛を、ほぐして、紡げるようにするのです。
そして、いよいよ 紡ぎです。 先生の手を、見て、自分も、見よう見真似で紡ぎました。
それから、糸を、二本よって、毛糸にします。 毛糸を、洗います。
その過程が、面白く、コースの後、ギルドに入ったのです。
紡ぎで、お金が、稼げるようになるかもしれないし、、、
まだ、若いうちにやっておけば、年をとった時に、役にたつだろう。
年をとってから習うのは、難しいかもしれないから、、、という、考えもありました。
リトルグレースを手に入れた過程:
ウィールは、借りることもできるし、運が良ければ、中古のも手に入れることができます。
ギルドのメンバーの中に、大きなグレースのウィールで、紡ぐおじいさんが、いました。
その方の紡ぎは、すばらしく、ため息が、出るほどでした。
その方が、グレースウィールのすばらしさを、教えてくれました。
しかし、そのウィールは、ネルソンというところで、おじいさんが、一人で、一個づつ作っているもので、
注文が、殺到していて、いつ、自分の番が回るか、分らないということでしたので、夢のような話でした。
ウィールは、その他にも色々あって、メンバーは、それぞれ、違うものを、持っています。
その一つに アッシュフォード社のウィールが、あります。
アッシュフォード社は、アッシュバートンという町にあって、クライストチャーチから車で、3時間位です。
そこのお店にも 何度か、足を運び、色んな種類のウィールを、試させていただきました。
ギルドに持ち運ぶのに便利な形は、縦長のものです。 トラベラーと言ったかと思います。
結局、アッシュフォード社からは、紡ぎ用の椅子を、買いました。
企画品なのですが、私に合わせて、足を、少し短くしていただきました。
ネルソンへも行きました。 車で、6時間位かかります。
人里離れた農家で、道が、正しいか???という 感じで、どこまでも 走っていくと、おじいさんの家が、ありました。
家の中に通されて、大きなグレースのウィールや、リトルグレースのウィールを、試させていただきました。
大きな方は、紡ぎで、お金を、稼ぎたい場合に良い。 はやく紡げるから、、、。
趣味なら、小さいほうで、十分ということでした。
ウィールが、どのように生まれたか?という話も、聞きました。
元々、一台だけ、奥さんのために作ったのが、、、
奥さんの友達も欲しがって、一台 また 一台と、作るようになり、、、
多少の改良も加え、、、だんだん、ビジネスになったということでした。
グレースウィールが、静か、、、全く紡いでいる音がしない、、、で、スムーズなのは、ベアリングを、使っているからだそうです。
セットも単純です。 他のウィールは、少しややこしい。 セットのための時間も、ちょっとかかります。
おじいさんの仕事場は、古い車庫でした。 そこで、一台づつ、手で作っているのです。
幸い注文リストが、長くなかったので、、、リトルグレースを、注文することになりました。
値段も、当時のウィールとしては、高めで、、、おじいさんは、「ウィールのロールスロイスだよ。」と、自慢げでした。
主人は、それを、誕生日のプレゼントに 買ってくれたのです。
色も、好きな色を、、、と、いうことでしたが、、、当時の私には、よくわかりませんで、濃い色を、付けてもらうことにしました。
出来たら送ってもらうこともできましたが、私たちは、直接取りに行きました。
ウィールには、製造番号と、私の名前が、彫られた 金色の プレートが、付いています。
ウィールは、一生ものです。 そして、他の人の手へと、渡っていくものです。
リトルグレースで、一体どれほど紡いだことでしょう?
私の毛糸は、ギルドのお店に出せるほど上手では、なかったので、編まざるをえませんでした。
初め、自分と主人用にセーターを、編みました。
主人の母には、カーデイガンを。 大変気に入って、いつもそれを着ておられました。
彼女は、「買い物に行くと、誰が編んだのか?」と、聞かれると、鼻高々でした。
それから、主人の親戚からセーターの注文が、相次ぎ、親戚中が、私のセーターを、着ていた時が、ありました(笑)。
残念ながら、紡いで、セーターを、編んでも、その手間は、気が、遠くなるほどで、
人々は、その仕事を、Labour of Love と、呼ぶほどです。
これで、時間をやり過ごすことは、できますが、、、食べていくことは、不可能です。
そのうち、私の言葉も働ける位まで上達して、フルタイムで勤めるようになり、
スピニングからも、徐々に徐々に、遠ざかっていきました。
ギルドには、11年間所属していましたが、、、ある日、プツンと、辞めてしまったのです。
