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法話23  いつだって、残りの人生のスタートだ

            洞林寺護持会会報 平成12年春彼岸号より

 仙台在住の劇団『六面座』では平成八年から毎年「わたしの名ゼリフ・コンテスト」を開催しています。企画の面白さから、このコンテストは多くのマスコミに取上げられ、名ゼリフの応募者も全国各地からのようです。以前ラジオでFM仙台を聞いていたら、このコンテストのことを話題に取上げ、過去の入賞作品の「名ゼリフ」がいくつか紹介されていました。「名ゼリフ大賞」のセリフがとても印象に残っています。

「おい、何やってんだよ!
いつだって、どんなときだって、
残りの人生のスタートの瞬間なんだぜ!」

 失敗して落ちこんでいる友人を励まそうとして出た言葉なのだそうです。いい励ましの言葉ですね。こう言ってくれる友人がいるだけでも幸せですね。このセリフは「生きるとは何か、人生とは何か?」ということをあらためて私たちに考えさせてくれる言葉です。『修証義』の冒頭の「生を明らめ死を明らむるは、仏家一大事因縁なり」と相通ずるところがあると思います。

春はスタートの季節です。時計か紳士服メーカーのコマーシャルでも、こんな言葉があったと思います。確かに新入生や新入社員にとって、新しい学校でのスタートであり社会人としてのスタートなのです。大きな希望と不安と緊張を胸に抱えて、新たなスタートを切るのです。でも、張り切ってスタートしても、途中で転倒したりコースアウトしたりすることもまま有ります。
かって私は公務員としてサラリーマン生活を送っていたことがあります。ある時視神経の炎症のため視力がなくなる病気となり、何度も病院に入院し仕事を約一年間休んだことがあります。幸い視力は回復し職場にも復帰できました。でも、一年間休職していたことで職場の上司や同僚に随分迷惑をかけたり仕事の習得の面で遅れたりしたので、引け目と挫折感を感じていました。病気療養中も今の仕事を自分の一生の仕事とするのかどうか、自問自答していました。そして、出した結論は、坊さんの道を本格的に歩んでみようということでした。
寺に生まれ育ち、小学四年生の時に得度し一応曹洞宗の僧侶にはなっておりました。お盆の棚経はずうっと手伝っていたので、少しはお経を読めます。でも、一人前の和尚さんと言うには程遠い状態でした。駒沢大学仏教学部への編入、大本山総持寺での修行、と僧侶としての道を歩み出し、縁あって今ここにいることになりました。病気で休職していたことが公務員を辞めるきっかけとなり、新しいスタートを切るきっかけとなったのです。今となっては、病気になったことは決して無駄ではなかった、と思っております。

昨年(平成11年)から近くの刑務所の教誨師という仕事(ボランティアのようなものですが)を拝命し、未熟ながらも務めさせていただいております。教誨(きょうかい)とは「刑務所の受刑者たちが立ち直っていくための指導」のお手伝いをすることを言います。具体的には、読経・坐禅・法話をしております。通常、教誨のために刑務所に行くのは夕方の五時です。日中、受刑者たちは作業をしているからです。木工・印刷・製靴・農業等の作業をしているのです。作業でかなり疲れているとは思いますが、私の拙い法話を真剣な表情で聞いてくれます。どういう犯罪で服役している方々なのかわかりませんが、真摯に話を聞く姿勢には頭が下がります。
初めての教誨の時、こんな話をさせていただきました。
「刑務所に居る方々は塀の外の世界を娑婆と言いますね。これ は仏教の言葉です。では、塀の外の世界が娑婆というのなら、この塀の中(刑務所)は何と言うでしょうか?」
受刑者たち「‥‥‥‥」 首を傾げる。
「答えは、極楽です。」と言うと、みんな意外そうな顔でした。刑務所が極楽であると思える受刑者はまずいないでしょう。
「娑婆という言葉は、忍土とも翻訳されています。つらく苦しいことが山ほど有って、それに堪え忍ん で行かなければならない世界のことを、娑婆と言うのです。極楽と言うのは仏国土とも言います。
仏様から直接教えを説いていただき、仏様と共に修行する世界を、極楽と言うのです。自分の願いを何でもかなったり欲望が満足させられたりする世界(パラダイス)ではないのです。極楽とは、修行道場のようなところなのです。みなさんの欲望を正しくコントロールするための智慧を学び、その為の行を積むところなのです。どうか、この塀の中の世界を、皆さんにとっての極楽にして下さい。修行道場にして下さい。」と話しました。ある程度は、肯いていただけたようでした。

私たちは、自分のしてしまったことを後になって取消そうとしたりやり直そうとします。でも、過ぎ去った時間は戻って来ませんし、テレビゲームのリセットのようなやり直しは出来ません。自分の人生を0歳からとか、二十歳からとか、再スタートさせることは出来ません。やり直しは聞きません。でも、どんなに悲惨な境遇や経歴であっても、自分の人生を見直すことは出来ます。そして、出直す事は出来る筈です。新たなスタートを切る事は出来る筈です。

私たちは生きている限り、失敗したり落ち込んだりする事が何度も何度も有ります。そんな時、「残りの人生のスタートの瞬間なんだぜ。」と自分自身に語り掛け、友人に語り掛けて行きましょう。



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追記
 劇団六面座が開催していた名セリフコンテストは、平成17年ごろに終了しました。ちょっと記憶が曖昧なので時期が若干間違っているかもしれません。その点、ご容赦下さい。