洞林寺護持会会報  平成13年春彼岸号より

法話5 「仏様の物差し」でいのちの尊さを計ろう



1、シッタルダ王子の悩み

お釈迦様が王族の出身であることを御存知の方は多いと思います。お釈迦様はインド北部にあったシャカ族の王子で、名前はシッタルダといいました。文武両道に秀でた立派な王子様でした。
ある朝、シッタルダ王子は伴の家来を連れて狩りに出かけました。ふと、足元を見ると土の中からイモムシが出て来ました。そのイモムシを小鳥が飛んできてサッと咥えていきました。すると、そこに大きな鷹が飛んできて大きな爪で一突き、小鳥は鷹の餌となりました。鷹が小鳥を食べ木の枝で羽根を休めていると、狼が飛掛かってきて鷹をガブリ。狼が鷹を食べていると、猟師が放った矢が飛んできて狼は死んでしまいました。
その一部始終を見ていたシッタルダ王子は「どうして生き物は命を奪い合わなければならないのだろうか。」とつぶやきました。そして、「命を奪い合うこと」が王子にとって大きな悩みとなりました。いくら考えてもいろいろな学者に尋ねても納得の行く答えは返ってきません。この悩みが、シッタルダ王子出家の理由の一つであったと言われています。
出家したシッタルダ王子は苦しい修行を経て菩提樹の下で禅定に入りお悟りを開かれました。お悟りを開いた結果、悩みは解決したのでしょうか。生き物は命の奪い合いをやめたのでしょうか。やめてはいません。でも、お釈迦様には世界が違って見えてきたのです。
すべての生き物はその命を維持していくために必ず必要な栄養分を摂取しなければなりません。植物も動物もそうです。特に動物は他の生き物を栄養源として生命を維持しています。生物学ではこのことを食物連鎖と言うようです。一般には弱肉強食の世界であるといわれます。
でも、お釈迦様の見方は違います。命を奪い合う世界ではなく、他の生き物の命を頂戴して生きさせていただく世界と見る事です。他の生き物の命を布施していただいて、生かされていく世界と見る事です。


2、なぜ人を殺してはいけないか?

昨年来、人命を軽んずる凶悪な事件が多発しています。特に十七歳の少年が軽い動機で殺人を犯すという事件が続いた事には、驚かされます。なぜこんな犯罪が多発するのか、首を傾げたくなります。
こんな犯罪者たちに「殺人をしてはいけない」ということを、諭していかなければならない。でも、どう諭していけば良いのでしょう。殺人はいけない。だれでも、それはわかっている。何故いけないか?いざとなると、説明できない人も多いでしょう。そういう風潮を察してか,昨秋『文藝春秋』では「なぜ人を殺してはいけないのか」という特集を組んでいます。また、外国の本の翻訳書で同様の表題の書籍が本屋に並んでいます。『文春』の特集に関して言えば、なんか明快な答えがないなあと感じました。「なぜ殺してはいけないのか?」という質問に真っ直ぐに答えてないのです。
仏教の立場なら、明快に答えられます。ひろさちや先生流の表現をお借りすれば、「仏様の物差しに照らして、間違った行為だからです。」と言えます。

3、仏様の物差し

私達人間は「損か得か」という物差しで行動し勝ちです。という以上に、今の世の中が「損か得か」という物差しだけで動いているのです。こんな物差しが幅を利かせているから、人命を軽視したり人を傷つける事に抵抗感が無くなったりするのです。
なぜ、人を殺してはいけないか?それは「みんな尊く、みんな仏の子」だからです。これが「仏様の物差し」です。自分が大事。自分も尊い。でも、他のみんなも尊い、かけがえのない人なんだ。だから、傷つけてはならないんだ。いじめてはいけないんだ。殺してはならないのです。
これは人間だけのことではありません。仏教では、人間と他の生き物の間に優劣はありません。一切の衆生は皆仏子なり、すべての生きとし生けるものは皆仏の子である。お経にはこう説いています。
だから、「人間は万物の霊長である。」という考えは傲慢な考えです。「人間が魚や獣の命を獲って食するのは、当然の権利」ではありません。自分が生きるために、お魚さんの命を頂戴する。牛さんの命を頂戴する。私達人間は、いろいろな野菜や魚や動物の「尊い命」を食品として布施していただいて、今ここに生きています。生かされているのです。だからこそ、食事をする時に手を合わせ感謝の気持ちを込めて「いただきます。」と言うのです。いろいろな生き物の尊い命によって支えられている自分の命ですから、粗末にしてはならないのです。他人の命を踏みにじっては、ならないのです。そのことを忘れたら、自分の命を軽んずる事になります。

「損か得か」という物差しで毎日流されていく私達ですが、それ以上に大事な物差し「みんな尊い、みんな仏の子」という物差しがあることを忘れてはなりません。毎日の御仏壇でのお参りを通して、家族みんなで「仏様の物差し」を心がけていきましょう。