前回の続き。城崎温泉から普通・浜坂行(165D)に乗って鎧駅までやってきました。
全日本カッコイイ駅名選手権(架空)ベスト8くらいには入ってそうな厳つい名前の駅です。
向かい側にもホームがありますが、2012年頃の線路が剥がされて棒線駅となって以降は放置されいるようです。
鎧駅に限らず、城崎温泉~鳥取までの山陰本線でもワーストクラスの閑散区間にある駅では、至る所で線路が剥がされた形跡が見受けられました。
棒線駅化するということは列車のすれ違いができなくなることを意味しますが、実際、すれ違いのための設備を撤去しても支障がない程度の本数しかないということなんでしょうね...。芸備線の備後落合周辺に比べたらまだまだマシですけど。

棒線駅化されてから海側のホームは使われなくなりましたが、駅から港を一望できる場所があるため地下道を通って線路を渡ることは可能です。
去年の3月にここに来た時は荒れていた日本海でしたが、この日はそれが嘘だったかのように波一つなく穏やかな景色が広がっていました。
入江の底が透けて見えるほど、水が澄んでいて美しい景観に心を奪われます。
キハ189・H3編成はこの後の行程でもまた出てきますので覚えておいてください。
目印として中間車のキハ188-3を記録しておきました。
さてここからが本番。ここから隣の餘部駅まで一駅歩いて向かいます。
城崎温泉から乗ってきた列車にそのまま乗っていればすぐにたどり着きますが、前の記事でも言った通りそれでは前と変わらないので、餘部駅ができるまで集落の人がどのようにして鉄道を利用していたかを身をもって体験することにしました。
ショートカットのために危険を承知で線路を歩いていたという記録もありますが、流石に現代でそれをやるのは当然マズイので、鎧と餘部を結んでいた山道を使います。








