前回の続き。
鎧駅から1つ隣の餘部駅まで徒歩で移動していきます。
去年の記事でも触れましたが、あの有名なトレッスル橋である余部鉄橋が1912年の完成した際には、余部の集落に駅が設置されませんでした。
なので、余部の集落の住人が鉄道を使いたい場合は、隣鎧駅まで移動することになりますが、そこへのアクセスは昔から鎧地区との往来に使われてきた山道を進むか、危険を承知で列車の運行合間を縫って鉄橋とトンネルを抜けていく必要があったそうです。自家用車はそもそも普及していないので論外として、船で行けば早いのでは?と思いましたが、冬場の海を見るとこちらも安全とは言えないのでしょうね。荒れた海に出たが最後、船ごと岩壁に叩きつけられて...なんて想像すると何とも恐ろしい気分になります。
実際、今の餘部駅の久谷側には10‰弱の勾配がすぐの場所にあり、蒸気機関車の馬力では発車直後の登坂は不可能だったようです。
餘部駅が開業した1959年には既に気動車が登場していたため、この問題は解決済みになっていました。(蒸気機関車牽引の列車は引き続き通過)
技術の進歩が餘部の集落を救ったわけですね。
その道のり約2.7km。
安全といいましたが、こっちも大概では...。

これはいい眺め。

巨大な余部橋梁もここからは豆粒サイズに見えます。ここから今見えてるところまで行かないといけない訳ですが笑
時間も体力もかなり消耗しますから、本当に駅の設置は悲願だったでしょうね。
東浜では鎧駅で見たキハ189・H3編成と再び遭遇。鳥取に着いた「はまかぜ」1号が折り返し、4号・大阪行きになって戻ってきたやつです。















