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あらくま家族~ずっと一緒

生まれてから一か月半、NICUで頑張ってくれた強い息子。息子のこと、息子への想い、日々の気持ちなどを綴りたいと思います。

映画の話です。内容を書いてるので、知りたくない方は読まないでください。

 

 

 

 

 

 

息子を亡くしてすぐの頃、ケーブルでやっていたラビットホールをいう映画を見ました。

 

 

ニコールキッドマン主演の映画です。

 

ニコール夫婦は4歳の息子を事故で亡くして8か月経過していて、夫婦とも深い悲しみの中にいますが、悲しみへの向き合い方が違います。

 

息子のことを思い出すもの(息子の絵や服や愛犬など)を、辛くなるので家から排除していく妻と、息子の思い出を置いておき思い出に浸りたい夫。

 

愛犬が庭から飛び出したのを追いかけて息子は事故に合ったのですが、妻も夫も自分が犬をつないでなかったから、自分が庭の扉を開けていたからと自分を責めてます。

思いがすれ違って激しいケンカをする場面もあり、どちらの気持ちも分かって胸が詰まりましたぐすん

 

ちょうどその頃、妻の妹が妊娠し、しかも妹はちょっとハチャメチャ?で、元彼との間にできた子供だったりします。

妹の誕生日プレゼントに母はマタニティウェアをプレゼントしますが、ニコールはバスセットで、それに対してニコールが過剰に反応し、自分もマタニティウェアにすれば良かったとプレゼントを取り返そうとしてしまったり…。

色々なエピソードで子供を亡くした母の気持ちが丁寧に描かれています。

 

 

そんな中で、ニコールは息子の事故の当事者である少年と会い、話すようになります。

 

 

その少年がラビットホールという漫画を描いてます。

 

この世界には私たちの住む世界とは別の並行宇宙があり(物理学?らしいです)、自分たちが存在している別の世界がいくつもあり、その世界へつながっている穴をその漫画の中でラビットホールと呼んでます。

漫画のストーリーは主人公の少年が父を亡くし、亡くなった父が生きている別の世界へ行くためにラビットホールを探すというものです。

 

その話を聞いて、ニコールは、息子が生きている世界も存在して、自分のいる世界は悲劇バージョンで幸せバージョンもあるのねという会話を少年とします。

 

 

この映画を見たころ、昼間はまだ出歩けなくて、夫と夜の散歩をしながら、ラビットホールがあればいいなぁという話をよくしました。

暗い中歩いていると、本当に息子が亡くなったことが現実なのか今の自分の状況が夢のような気がしたりして。

 

息子が元気に成長している世界があって、ラビットホールを見つけて、うちらもそこに行こう。

こっちの息子ももちろん連れて行って、向こうの3人に加えて貰って、6人で暮らそうとか話してました。

 

 

今でも正直、ラビットホールがあったらいいのにって思うときがあります。

 

どこかで息子が元気に育っている世界があればいいと思ってしまいます。

そして、その世界に行ってみたい。

 

 

最後の方で、ニコールの母が(彼女も天使ママでニコールの兄を亡くしている)悲しみはなくなるのかという質問に、悲しみを石に例えて答えるのですが、その言葉にもいつか本当にそうなれるのかなと当時、救いみたいなものは感じました。

(いつか見ようかなという方がいらっしゃるかもしれないので、書かないでおきます)

 

ただ、最終的に思ったことは、悲しみは夫婦であってもそれぞれが抱えて、自分の心の悲しみは自分のものでしかないんだなということも感じた映画でした。

 

 

 

ずいぶん前に見た記憶で書いているので、ところどころ内容が違う点があったら、すみませんあせる

 

続きです。

 

 

 

唯一連絡していた友人とも連絡をしなくなって、家族以外の誰とも連絡を取らなくなりました。

 

友人からも連絡はなかったので、やっぱり迷惑かけてたんやなと思いました。

(実際、答えのない同じことを毎日言われても困りますよねあせる

 

 

私自身も亡くなった当初は気持ちに勢いがあるというか(まだ現実感が薄いというか)文章でなら息子の話ができていたけど、1カ月過ぎた頃は亡くしたことをひしひしと実感して、辛くて、息子のことを振り返って言葉にできなくなってきてました。

 

 

それと、時が経っても気持ちに変化がなく前に進まないので、言葉にしても同じことのリピートになるだけでした。

 

 

そんな状態なので、連絡をやめて数週間後に友人から連絡がくると、全く返す言葉が浮かばなくなってました。

変化があると思われてるかもしれない、でも以前と何も変わっていないのに何を返せばいいのか分からず返事に何日もかかりました。

 

何度かそんなやり取りのあと、とうとう返事もできなくなりました。

 

そしてそのまま連絡がなくなりました。

 

 

もう今までの友人たちとは付き合えないかもしれない、そんな風に考え孤独な気持ちにもなり焦りましたが、自分から動くこともできませんでした。

 

 

 

 

 

 

3月の休日に夫と散歩に出かけました。

 

実家のネコの顔を見に行こうと散歩の帰りに実家に寄りました。

 

私たちが行くとネコはいつも窓際にくるので、窓から家の中をのぞいてネコの名前を呼ぶと両親以外に誰かいました。

 

 

なんと、その友人が私の実家に来ていました。

 

 

友人もすごく驚いていました。(事前に実家に電話をして私がいないのを確かめたそうです)

友人が外に出てきて顔を合わせたら、気持ちがゆるんで抱き合って泣いてしまいました。

 

私の様子が心配で、でも私に直接連絡すると負担になるんじゃないかと思って、私の母に私の様子を聞きに来てくれたそうです。

 

 

すごくありがたかったです。

 

このまま付き合えなくなるんじゃないかという不安や焦りも、顔を見て少しだけど話ができたことで安心できました。 

 

 

友人は、会えるようになったらいつでも言ってなと言ってくれました。

 

 

まだそれから連絡はとれてないけど、心配してくれていることが分かったので、焦る気持ちもなくなりました。

まだ前みたいに楽しく話したりはできないけど、いつか必ず会えるようになりたいです。

悲しい気持ちだけでなく息子が可愛かった話も聞いて貰いたい。

 

 

こういうことがあると、自分にとって大切な人が見えてくると思いました。

 

 

 

後から母に聞いたのですが、抱き合って泣いている友人と私を見て、夫が泣いていたそうです。

そして、泣いている私たちを見て泣いている夫の姿に、母は泣いていたそう…。

なんかややこしい図ですが、皆に心配して貰っているなと感謝しました。

息子が亡くなって7カ月経ちましたが、まともに人と付き合えてません。

息子のことを報告できた友人もごくごくわずかです。

(もともと狭く深くというタイプで交友関係は狭いです)

 

 

妊娠を知っている友人には亡くなったことを報告しました。

 

ただ、妊娠自体ほとんどの人に伝えていませんでした。

というのも、日ごろ頻繁に連絡を取り合って妊娠中に会ったりした人には伝えましたが、大学時代の友人など他県に住んでいる人で当面会う予定のない人とかには連絡してても妊娠は伝えなかったからです。

 

そういう人たちには安定期に入って連絡があった時に伝えようと思ってましたが、安定期に入ってしばらくすると発育遅延が見つかったので伝えないままで、突然の早産になり、NICUに通っていた頃はそんな余裕もなく。

 

亡くなったこともそのまま報告していません。

 

 

何も知らないから当然、年賀状や新年の挨拶がきました。

 

喪中ハガキを買いましたが、その頃は息子が亡くなったことを認めるような作業が辛くて結局書けませんでした。

かと言って、息子のことに触れず普通に明るい文章を書くこともできず返事しないままです。

 

 

多分心配した人は、当たり障りのないメールなどをくれましたが、それにも返事できず今に至ってます。

相手側からすれば突然音信不通になり、何かあったとは思われてると思います。

 

その中でも親しい相手には手紙を出そうと思い、手紙を書きましたが、こんな重い内容の手紙困るんじゃないかとまだ投函できてませんしょぼん

 

 

 

 

息子が亡くなったことを報告した数少ない友人のうちの一人とは、亡くなって一カ月間ほどメールのやり取りをしていました。

一番身近な友人で、家も近所です。

 

 

息子が生まれてから心身とも余裕がなく、息子の状態が落ち着いたら連絡するねと伝えていたため、その子は連絡を控えてくれていました。

ですが、ちょうど息子が亡くなった日に連絡が来ました。

多分、その日に連絡がなかったら亡くなった報告をすぐにできてなかったと思います。

 

 

亡くなった報告をすると友人は会社にいましたが、すぐに電話をかけてきてくれました。

その後も休みの日にお線香をあげに行かせてと言われましたが、うちは仏壇は用意してないのと、まだまだ人と会う自信もなく、遠慮させて貰いました。

 

 

その後もずっと私の話をメールで聞いていてくれてましたが、毎日同じことばかり(要するに悲しい、助からなかったのが悔しい気持ちや病院への思いなど)メールしてるのが段々申し訳なく感じてきました。

毎日暗くて重い話を聞かされて友人も迷惑なはずだと思い始めました。

 

 

なので、落ち着いたらまた連絡するねと伝えて、ピタッと連絡をやめました。

 

 

 

長くなったので分けます。