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あらくま家族~ずっと一緒

生まれてから一か月半、NICUで頑張ってくれた強い息子。息子のこと、息子への想い、日々の気持ちなどを綴りたいと思います。

私の住むところは、周囲に同じ時期に建てられた新しい家が並んでます。

 

 

結婚と同時にそこに住みだした私達夫婦。

 

 

当然、周囲は世代の近いご夫婦が多く、私たちが住みだした頃はすでに子育て中の世帯がほとんど。

 

この数年の間に、第二子、第三子が生まれるお宅もありました。

 

 

 

 

地域によって違うかもしれませんが、私の住むところではゴミ袋は十数世帯が集まった班の長から一軒一軒に配られます。

 

ゴミ袋の数は世帯人数で決まっていて、その数(つまり世帯人数)の確認が年に数回あります。

 

 

世帯人数確認の紙が回ってくると、うちともう一軒だけが二人。

その他は三人以上。

 

 

周りを見ていると、全ての家が子供がいる家だと思っていたので、うち以外にも夫婦だけの家があるんやなって程度でした。

 

息子を妊娠するまでは。

 

 

 

 

 

息子が生まれて、NICUに入ったため早く保険証を用意するようにと言われ、私の産後入院中に夫が出生届を役所に出しに行きました。

 

 

その時に、三人家族になったので、息子の人数分のゴミ袋も受け取ってきたのです。

 

 

退院してからそれを見て、息子は入院中でまだまだ家に連れて帰ってこれないけど、ちゃんと家族の人数が増えたことをゴミ袋の数が表してくれているみたいで、ただのゴミ袋だけど、すごく嬉しくて。

 

 

 

 

最近また、ゴミ袋数の確認のための世帯人数の確認がありました。

 

 

うちの家は二人です。

 

 

息子が生まれて三人家族になってるのに、また『二人』って書いています。

 

 

そして、気づいてしまいました。

 

 

他のお宅の人数なんか意識して見なければいいのに(同じ一枚の紙に書きます)、うち以外にもう一軒二人と書かれていたお宅が三人になっていました。

 

 

もしかして、同じくらいの時期に妊娠してたのかなって思うと、なんでなんやろう。

なんで息子は生まれたのに、三人家族やのに、二人って書かなあかんのか。

 

 

いや、でもそのお宅も増えたのが赤ちゃんとは限らないけど。

そう思っても、やっぱり妊娠すれば普通に赤ちゃん生まれるのが大半で、私みたいに亡くす方が圧倒的に少ないもんな。

 

 

それなのに、なんでなのかと考え始めると、どうしても納得できなくて。

 

 

 

ずっと側にいてるって思っているけど、やっぱり生きていて欲しかった。

 

うちも世帯人数、三人って書きたいです。

 

 

 

 

最近、ご近所の人と挨拶をする時も、ゆったりした服装とかされてるとお腹あたりを凝視してしまいます。

あの人、最近パンツとか履かずにゆったりしたスカートばかり履いてるなぁ、もしかして妊娠してはるんかなとか。

 

 

息子は息子、よそで赤ちゃんが生まれても私には関係ないって分かってるんですが、過敏になってしまう自分がイヤです。

 

 

先日、エキスポシティに行ってきました。

 

 

妊娠できたら遠出はしなくなるだろうし(早産を経験したため、静かに過ごすと思います)前から気になっていたので、行くことに。

 

 

私が動物好きなので、息子の絵本もオモチャも動物系が多いし動物好きだろうと勝手に思っているので、ニフレルに行きたかったのです。

 

 

 

バースディベアも一緒にクマ

 

 

 

ニフレル、海遊館くらいの規模を勝手に期待していたため、物足りなかったような?

期待が大きすぎたかなぁ汗

 

展示の仕方を工夫していて生き物と触れ合えたりするみたいですが、小さい子供が多くて、その中を入っていくのもなぁと思って、遠巻きに見ただけです。

 

 

一番見たかったホワイトタイガー(やっぱり猫科は好き猫)は奥の扉が気になるようで向こう向きにウロウロして、なかなかこっちを見てくれませんでしたショック

 

 

ホワイトタイガーです。テレビで見るより強そう(?)でした音譜

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモールはとにかく広くて、少しうろついただけで疲れ果ててしまいましたあせる

 

息子コーナーにリラックマのミニぬいぐるみやリラックマカーを置いているので、リラックマストアも楽しみにしてました。

(こういう可愛いものは息子が生まれるまで興味がありませんでした)

 

 

 

今回買ったのは真ん中のキイロイトリの車です。

 

 

 

 なるべく意識しないようしていたけど、やっぱり小さな子を連れた家族が多かったからかな。

 

帰りの車に乗ったら、気が緩んで、寂しくて急に涙が出てきました。

 

やっぱりこういう場所は子供を見ないように、余計なことを考えないようにして気が張りつめるようです。

 

でも息子はちゃんと一緒についてきて、楽しんだはず。

 

色々なところに連れて行って、色んなものを見せてあげたいです。

 

息子が亡くなって毎日の病院通いもなくなり、突然ぽっかり空いた毎日をどう過ごせば良いか分かりませんでした。

 

 

 

容態が急変する前にNICUの看護師さんから、保育器から出れた時に帽子を作って欲しいと言われていたので、柔らかい綿の糸とかぎ針を用意してありました。

 

 

編み物は学生時代にマフラーを編んだことがある程度の初心者以下でしたが、結局作ることができなかった息子の帽子を作りたいと思いました。

 

 

まずは練習のために、ミニチュア小物の編み方動画などを見ながら、百均の糸で色々編んでみることに。

(ある程度上手になってから良い糸で編むつもりで←セコイシラー

 

 

練習用には、息子コーナーに置いている小さなぬいぐるみやバースディベアに帽子やケープを編んだりして、少し慣れてきた頃に息子用の帽子を編みました。

 

 

記憶の中の息子サイズに合わせて編んだ帽子は、骨壺にかぶせました。

 

 

次は何を作ろう?と言うと、「靴を作ってあげて」と夫に言われました。

 

夫と私が持っている靴と同じようなラインを入れて3人でお揃いにしたいということで、亡くなってからとった息子の足型に合わせて編みました。

 

 

 

これです。

 

 

 

 

こんなに小さな足だったと思うと…。

 

やっぱり、ごめんねの言葉しか浮かびません。

 

 

 

 

 

実際に息子に手作りの物を着せたり履かせたかったな。

 

もっと普段から編み物とかしていれば、亡くなった時にも色々作ってあげられたのに。

(ボランティアの方が作ってくださったという服と帽子を病院から貰って着せました)

退院したらいくらでもできると思っていて、結局、何もしてあげられなかった。

 

 

本当にごめんね。

 

 

 

自己満足ですが、編んでいる時間は無心になれたので、毎日苦しい時間を減らすことができました。

 

むきになって編みすぎて、腱鞘炎になったので(そんなにたいした物は作ってないのですが、手際が悪く時間がかかるので長時間編みすぎてあせる)ここ2カ月ほど編み物は休んでましたが、暖かくなってきたので夏用の素材でまた帽子を編みたいです。