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あらくま家族~ずっと一緒

生まれてから一か月半、NICUで頑張ってくれた強い息子。息子のこと、息子への想い、日々の気持ちなどを綴りたいと思います。

※妊娠に関する内容になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書きたいことは色々ありましたが、ずいぶん間があいてしまいました。

 

 

 

 

6月に新しい命を授かることができました。

 

 

 

前々回のブログに書いていたように、高温期は風邪をひいて熱も38度出たりしたので今回は期待はほとんどありませんでした。

 

38度も熱が出たと思えば、熱が引けば、基礎体温がやたら低くなったり。

 

 

それでもタイミングをとっているので妊娠の可能性も考えて、病院に行かず薬も飲まずに過ごしてました。

 

 

熱が下がっても咳が長引き、病院に行こうと思い始め、生理予定日にチェックワンファストで検査をしました。

 

 

すると、薄く陽性反応を示す線が出ました。

 

 

生理予定日だとフライングだろうし、チェックワンファストでこれだけ薄い反応ならまだまだ分からないと思い、この時点でも期待はあまりしてませんでした。

数日前から生理になりそうな腹痛もずっと続いていたので、余計にそう思ってました。

 

 

夫も、私がもうすぐ生理がきそうとずっと言っていたので同じように思っていて、まだ分からないなと言ってました。

 

 

翌日は夜に夫が帰宅してから、生理予定日一週間後から使える通常の検査薬で調べてみました。

 

 

今度はくっきりした線が出て、ちょっと驚きましたが、もしかしたら?と思い始めました。

 

 

その翌日は日曜になるので、明日(日曜)の夜、もう一度検査して陽性だったら、月曜に婦人科クリニックに行こうと決めました。

 

 

日曜の夜、今度はドキドキしながら検査し、結果は夫と同時に見ました。

 

 

 

陽性でした。

 

 

 

夫と抱き合って泣きました。

 

 

妊娠した喜びもあったと思いますが、息子への想いが一気に溢れてきて、なんだかよく分からないけど涙が出ました。

 

 

 

夫が「(息子に)ちゃんと報告してあげな」と言いましたが、

私は息子の弟か妹は息子が連れてきてくれたと思っているので、

「もう○○○(息子)は知ってるで」と言いました。

 

 

 

その後は婦人科クリニックに行き、まだ早すぎて何も写らないだろうと思ってましたが、小さな胎嚢が確認できました。

 

 

婦人科クリニックで、胎嚢確認ができ、もう一度診察室に呼ばれるのを待合室で待っている間、また息子のことを思い出して涙が止まりませんでした。

 

 

妊娠が分かって数週間は息子のことで泣くことが前より増えて、情緒不安定でした。

 

 

 

私は不育症の治療もあるので、妊娠が分かれば不育症のクリニックにすぐ来るように言われており、婦人科クリニックに行った翌日はヘパリンの自己注射の指導を受けるため不育症クリニックに行きました。

 

 

注射の説明やこれからのことを話すので、この日は夫も一緒に不育症クリニックに行きました。

 

 

自己注射は初めてだったので、何度かやるうちに注射の手順で疑問が出てきて、指導を受けた三日後に不育症クリニックに確認に行きました。

(わざわざまた聞きに来る人は少ないらしく、私の質問内容も細かいことを気にしすぎのようで看護師さんに神経質やねと言われましたショック

 

 

 

その翌週は不育症クリニックで、子宮内に出血が見つかり、これが治らなかったらヘパリンをどうするか考えないとあかんなと言われ、不安でとにかく安静だけを心掛けて過ごしました。

 

 

一週間後のエコーでは出血は消えてましたが、今度は血流があまり良くないと言われ、今度はそれが不安でずっと左を下にして横になって過ごしたり・・・。

(少しでも多く血を子宮に送るためです)

 

 

 

その後も、婦人科クリニックの方の通院もあり、不育症クリニックの先生に言われて少し早めに産科に紹介状を持って行ったり、尿もれかおりものか羊水か分からないもので下着が濡れていて、心配で産科に二日連続で行ったり・・・。

 

 

 

そんな感じで通院が続いたり、心配が多い日を過ごしてました。

 

 

 

それに加えてつわりも始まり(軽い方だと思いますが)なかなかブログを書けずにいました。

(ブログを読んだり、コメントはスマホからできるのですが、ブログを書くのはパソコンでないと書けないんです…あせる出血や血流が不安で長時間座ってパソコンに向かうのも不安な時があったり、つわりで気持ち悪かったりでずっとパソコンを開けませんでした)

 

 

 

本当はもっと早い段階でブログに書くつもりでした。

 

 

 

 

私は息子を亡くしてから、今まで付き合いのある人たちと関わることができなくなりました。

現在も、今までの人間関係は復活していません。

 

なので、息子の話や自分の気持ちを聞いて貰えるこの場所はとても大切な場所です。

 

 

だから妊娠したら、妊娠中の気持ちや天使ママだからこその不安などもブログに書いていきたいと考えていました。

他に聞いて貰うことのできる場所もないです。

 

 

 

それと、不育症については、私は天使ママさんのブログで不育症の存在を知ることができたので、おこがましいですが、私の不育症の治療も誰かの参考になればいいなという思いもあります。

 

 

今回もヘパリンについて、コツなどを書いてくださっているブログがとても参考になりました。

また、ブログでやりとりさせて頂いている方でヘパリンをされている方がいることが、心強くもありました。

(他の方もやられてるんだから、私にもできると思えました。)

 

 

 

 

ブログを書けなかったこの期間も息子への気持ちや不安な思いなど書きたいことがたくさんありましたが、妊娠のことをまず書かないと、ブログも書きづらくて。

 

他の方の妊娠の報告などにも自分の妊娠を伏せたままでは、隠し事をしているようでコメントしづらくできませんでした。

 

 

これから少しずつ(血流が心配にならない程度に…)またブログを書いていけたらいいなと思っています。

妊娠についての内容は、第2子妊娠中というテーマで書こうと思いますので、よろしくお願いいたします。

 

 

息子は生まれてから処置を受け、呼吸器をつけたときの評価は10段階のうちの7。

出産予定日は過ぎるけど、年末頃には退院できると言われてました。

 

 

成長曲線よりかなり小さいのに、元気が良くて、いつも手足をバタバタ。

 

NICUの看護師さんに「生まれて一時間ですでにパッチリ二重でしたよ」と言われるくらい、目を開けてることも多く、見えてはないのだろうけど、呼びかけるとこっちを見てくれる。

NICUの医師も「元気ですよ」と言ってました。

 

 

 

でも、なかなか思うように順調にはいかなくて。

 

かなりしんどい状態に何度もなり、それでも乗り越えてくれました。

 

 

 

毎日心配で不安で、面会から帰ると、病院から電話があったらどうしようと携帯は常に目の前の見える場所。

まさに肌身離さずでした。

 

お風呂に入る時は夫に携帯見ていてなと携帯を渡して。

病院への通院する車の中でも携帯は常に見えるようにしてました。

 

 

電話の音が鳴ると、病院からかもとドキッとするので、家族にも携帯に電話はしないでメールで連絡して欲しいとお願いしていました。

 

 

 

それが、あの日。

 

 

 

息子の容態がやっと落ち着いてきて、安定してきたね、あとは大きくなるのを待つだけと言われるようになりました。

 

いつも厳しいことしか言わないNICUの部長先生も安定してきたと言ってくれました。

 

 

NICUで息子に掛けてくれていたハンカチくらいの小さいガーゼの肌かけから、少し大きくなってきた息子の足がはみでるようになり、今後のためにガーゼ生地で息子の肌かけを作ることに。

 

 

その頃まで手作りの物をNICUに持ち込めるなんて知らなくて(外からの物は基本的に持ち込めないと思ってました)看護師さんに言われて慌てて生地を購入して洗濯して裁断し、別の日に面会後に実家にミシンを使わせて貰いに行きました。

 

 

その時、初めて携帯を自宅に置き忘れてました。

 

 

それくらい安心が芽生えてきていたのだと思います。

 

 

ミシンを使ってる途中で、仕事から帰ってきた夫も実家にやって来て、私の父母も交えて皆で息子の肌かけを4枚作りました。

 

 

翌日には持って行けるように持って帰ってからすぐに、洗濯してミルトンで消毒して。

 

 

夫はミシンで何か作った記憶なんかない、初めてやけど楽しかったと話してました。

私も息子に搾乳以外に何かしてあげられたのが嬉しく、わくわくした気持ちで眠りました。

 

 

 

 

そして翌日。

 

 

朝の6時前に枕元に置いていた私の携帯が鳴りました。

 

 

「嘘!?病院からや!」と私が叫んで、夫が飛び起きました。

「怖い!怖い!出て!!なんで!?」

と言いながら、夫に携帯を渡し、出て貰いました。

 

 

病院からは息子の容態が変わった、すぐに来てほしいということでした。

 

 

そこからはもう生きている心地はしませんでした。

 

 

慌てて出かける用意をしたときに、昨日作って部屋に干していた肌かけが目に入りました。

とっさに肌かけをビニール袋に入れて持って行く鞄に入れました。

 

 

なんでなん。安定してきたって言っていたのに。

なんで?なんで?

病院に向かいながら思ったこと。

これを書きながらもやっぱり今も同じことを思ってます。

 

やっぱり起きたことが信じられない。

今思い返しても、私はまだ信じられなくて、本当にこれは現実なのかって思います。

 

 

 

あの朝の携帯の着信音はずっと耳に残っています。

 

聞くとあの恐怖がよみがえり心臓がバクバクします。

 

息子を亡くしてから、すぐに着信音は変えました。

その着信音に限らず携帯の着信音自体が苦手になり、あれから音を出していません。

四月は婦人科クリニックで排卵チェックをし、タイミング指導をして頂きました。

 

 

多嚢胞性卵巣症候群があるため、卵子がいくつも育って育ち切らず、排卵を促すクロミッド服用して、何度か通院し、多分この日に排卵するだろうとタイミング指導を受け、クリニックでの排卵の確認はしませんでした。

 

 

クリニックで見てるからと排卵検査薬も購入しておらず、基礎体温も計測してなかったのですが、身体の変化とかを考えると、排卵しなかったような気がしましたあせる

 

 

そこで、その時は間に合わなかったけれど、今後用にと排卵検査薬を購入し、基礎体温もつけ始めました。

 

 

排卵検査薬はドラッグストアでなかなか売っておらず(一応事前にネットで調べ、薬剤師のいるドラッグストアに行きました)数軒回ってやっと購入しました。

 

しかも、なぜか住所と名前を書かされたんですよね汗

同じようにドラッグストアで購入された天使ママさんは書かされなかったそうなので、あとから気になって調べたら、数年前までが書くことが必要な期間があり現在は必要でないみたいですが、薬局側が書いてもらう努力?をしなくてはいけないとか…?じゃあ拒否しても良かったのかなぁガーン

 

 

 

 

排卵も(してない可能性あるけど)時間がかかり、生理までも長く、期待もうっすらしてましたが生理が来ました。

 

年齢もあるし、すぐ妊娠できるわけないと考えていましたが、思った以上にショックを受けて泣いてしまい、自分でもびっくりしました。

 

 

 

とにかく、排卵したかどうかも分からなくてはクリニックに通う意味がないので、その次は絶対に確認までして貰うことに決めました。

 

 

実際に、生理開始から14日目にクリニックに行き、前回排卵しなかった気がすると伝えると、医師も「そういう可能性はある、今回は排卵後もチェックしましょう」と言いました。

 

 

今回は、タイミング指導のあとにもチェックしましたが、珍しくクロミッドを使わずに排卵が起き、それだけで嬉しくなりました。

 

 

 

それから数日過ぎ、ここのところ体調を崩し、鼻と咳に悩まされ夜も眠れないほどカゼ

 

タイミングをとったので薬も飲みたくないし、ひたすらウガイやハチミツ大根など民間療法でしのいでましたが、熱もピークは38度まで上がり、熱が高くなりすぎるのも良くないのではと不安になりました。

 

 

幸い、翌日下がって安心しましたが、その翌日さらに高温期とは思えないくらい低い体温に…。

 

 

 

 

前日に些細なことから夫と言い合いになって、息子もイヤだっただろうけど、もしかして息子の弟か妹もイヤになったのかも。

 

こんな両親のもとに来たくないよなぁって反省とともに悲しくなって。

 

精神面もすごく大切なのに言い合いするなんて、私も夫も悪い。

 

 

そもそもこんなんで子供持つ資格ない?

環境が整ってない?とかさらに色々ネガティブモードに。

 

 

でも、そんなこと考えるのは、来てくれた息子に失礼やなと思い直したり。

 

 

 

 

 

息子がお腹にいて発育遅延が分かり、検査のために夫が会社を休む休まないとかで言い合いになったこともありました。

 

 

妊娠してからの言い合いとか、次はもうそういうことはしたくない。

 

 

何よりも大切で優先すべきなのは命だということを、息子を亡くして痛いほど思い知った。

 

 

同じことを繰り返したくない。

 

 

夫婦ともに成長したいです。