あらくま家族~ずっと一緒 -19ページ目

あらくま家族~ずっと一緒

生まれてから一か月半、NICUで頑張ってくれた強い息子。息子のこと、息子への想い、日々の気持ちなどを綴りたいと思います。


私が通っている不育症のクリニックは大阪で有名なところです。



息子は子宮内発育遅延がありましたが、出産した病院からは発育遅延について原因不明としか言われなかったので、亡くなったあと、その原因がどうしても知りたくて。


おそらく、息子が無事に退院できていれば何も調べなかったと思います。





天使ママさんのブログで不育症の存在を知り、不育症の検査を受けたいと思うようになりました。

(出産した病院の医師は、亡くなってから母乳を止めに行った時に不育クリニックへの紹介状を依頼すると、検査しても原因不明がほとんどなのでお金もかかるし特にすすめないという感じでした。
行く予定の不育クリニックでは胎盤の病理標本が必要なのですが、病理標本を借りたいと伝えると、最初は病院から直接の依頼でないと渡せないなどと言われましたえー?
最終的には不育クリニックを予約してから電話でもう一度依頼すると貸してくれましたが…)







この頃は次の妊娠を考えてというより、とにかく亡くなった原因を知りたい思いで動いていました。






2015年12月、夫と共に初めてクリニックに行き、血液検査を受けました。


胎盤の病理標本と紹介状に加えて、他の方のブログを参考にエコー写真や生まれてからの写真も持っていきました。



最初の頃は毎回、息子の時の話になるたび診察室で泣いてしまいました。
紹介状の文章、何日間で亡くなられました。という文が目に入るだけでも涙が出ました。




血液検査の結果は、抗カルジオリピン抗体IgGが少し引っ掛かったものの、それほど数値が高くないことと妊娠中に出産した病院で受けた検査では引っ掛かっていなかったそうで、これが原因とは考えにくいよう。
(私の場合はヘパリン自己注射の保険対象にも入らないようで、ヘパリンは自費になります)




ただ、胎盤に血栓はないが、フィブリンと言われる小さなカサブタのようなものはたくさんあり、胎盤の血流は悪かったと思われる。

息子のエコー写真の数値をグラフにするとお腹周りが他の部位と比べてやや細め(均衡型でなく不均衡型)なので、これも血流のせいと言える。




原因はこれ!というほどはっきりしたものは見つからなかったものの、息子の状態から考えると、次の妊娠では飲み薬(バファリン)と念のために自己注射もした方が良いかなと言われました。




早産についても早産になった経緯から頸管無力症とかではなく、胎盤の血流が悪く、しんどくなって出てきたのではと言われました。



出産時に息子の処置をしてくれたNICUの主治医にも、胎盤を見ると、どっちにしても息子はあの時期に外に出さなければいけなかったと思う、外に出した方が早く大きくなると言われました。


結局、血流が悪かった原因と言い切れるものは見つかりませんでしたが、血流が悪かったことは分かり、やっぱり私のせいで息子はしんどかったんだと思うと、とても苦しかったです。
それは今でもずっと変わりません。



それでも頑張って生まれてきてくれたことには本当に感謝しかありません。











今年ももう終わりですね。

2016年、長かったような短かったような…。


最近はなかなかブログを書けずにいましたが、本当に色々ありました。





昨年、2015年の年末は、苦しくて苦しくてどうしようもありませんでした。



息子が生まれた時には、年末には退院できるでしょうと言われていたので、年末年始はきっと息子と家で過ごせると思っていたから、なんでいないんだろうと起こった出来事が受け止められず泣いてばかりいました。



子供の写真入り年賀状が届くのが怖く、喪中ハガキを購入するものの、それを書く作業も結局できませんでした。



年賀状は今年も用意しませんでした。



どうしてもまだ新年の挨拶をする気持ちにはなれなかったので。



何も知らない友人知人からすれば、年賀状を無視した形のままになってしまいますが、報告できそうな人にはできるようになった時に連絡しようと、今は自分の気持ち優先で過ごそうと決めました。





年末年始も特に何もせず家で過ごします。

昨年ほどではないにしても、年末年始の空気に気持ちが追いつきません。

やっぱり年末は不安定な気持ちになります。





息子がいるのでお正月も最低限のことはしてあげたいけれど、一週間ちょっと前から本格的に自宅安静になりましたショボーン



早産予防の注射のため1週間ごとに産科へ通ってますが、前々回の診察からもともと短めだった子宮頸管がさらに短くなっており、前からゆっくり過ごすようにとは言われてましたが、さらに安静に過ごすように指示されました。



担当の先生はとにかく年を越そうと。
(これまでも22週まで、24、26、28週までなど、少しずつ少しずつ目の前の目標を提示されてました)



今までは車で近場にさっと買い物に行ったり、基本は横になってはいますが、家の中で無理のない程度に料理したり、割と普通に過ごしたりもしてましたが(掃除など力がいる家事は夫です)、今は通院以外の外出はやめて、家ではほぼ寝たままです。




そんな状況なので、息子に色々してあげられないのが心苦しいですショボーン


落ち着いたらいっぱい遊んであげたいです。


幸い、夫が休みの時期なので、今日も
「(息子と)一緒にパズルするわ~」とかやってくれてるので、息子も退屈しないかなぁニコニコ








今年はブログを始めたおかげで、たくさんの天使ママさんとブログを通して繋がりを持てたことで、本当に孤独から救われました。


いいねやコメントを頂くだけで、気持ちを分かってくれる人がいるということが大きな支えになりました。



実際、ブログを始めるまでは一人になることもできなくて、夫の休日以外は夫が帰るまで毎日実家で過ごしてましたが、ブログを始めてから徐々に自宅で一人で過ごせるようになりました。



本当にここで出会えた天使ママの皆様には感謝でいっぱいですおねがい

ありがとうございました。


来年もどうぞよろしくお願いいたしますm(._.)m









ずっと気持ちが落ち着かず、なかなかブログを書けずにいました。

皆様のブログは読ませて頂いてましたが、コメントもしたくてもできない時もあったり、できる時もあったり。




不育症クリニックもずっと通っており、早産予防の注射のため16週からは毎週産科に通っているので、書きたいこともたくさんあったのですがずっと書けないままでした。




大変遅くなりましたが、息子の誕生日の記事にコメントやいいねをたくさん下さり、本当にありがとうございました。


誕生日の夜、生きている子だったら私達夫婦だけでなく、たくさんの人からおめでとうを言われたんだろうなと考え、息子が不憫で悲しくなっていました。

だから、皆様からおめでとうを言って頂けたことが本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。






10月は息子が亡くなった月でした。



8月の誕生日は準備することもたくさんあり、比較的落ち着いて過ごせましたが、生まれた日から亡くなった日までは、やはり精神的に不安定になり泣いてばかりでした。


ちょうど夏から秋へ移り変わる季節でもあるので、季節の変化と共に、より強く1年前のことが思い出されました。


1年前のその時期は、徐々に秋になってくる中で、夜中の搾乳が寒くなってきて電気ストーブを出したこととか、息子が頑張ってくれた最後の二晩を夜の病院の控え室で過ごして、すごく寒かったこと。


息子を家に連れて帰ってきたときの、もう夏ではない日差しの感じや、その後の何もすることのなくなった日々。


当時のことをリアルに思い出して、なんで亡くなってしまったんだろう、やっぱり信じられないと亡くなった当初と同じことを何度も考えて泣いてしまい、お腹の子に悪影響じゃないかと思って反省して、それでもまた泣いてしまってました。


簡単に気持ちは引き戻されると思いました。




ただ、そういうときに限って、不育症クリニックや産科で不安になるようなことがあったりして、お腹の子を守らないと、強く気持ちを持たないとと思わされたりします。


でも、反省してはまた息子を思って泣くを繰り返してしまいますが…。



泣くとお腹の子もシーンと静かになったりして、伝わるのかな?


不思議なことに何度か、夫がお風呂に入ってるときに私が泣き出すと夫が慌てて「泣いてるん?」とお風呂から出て来ることがあって。
シャワーの音で泣き声は聞こえないみたいですが、夫が言うには「○○○(息子)がお母さんが泣いてるって、呼びにきてん」らしいです。


息子も、お母さんしっかりしてよ~赤ちゃんって思ってるのかな。


泣かないのは無理だけど、泣いた分も笑顔で過ごせるようになりたいです。
難しいですが…汗