あらくま家族~ずっと一緒 -15ページ目

あらくま家族~ずっと一緒

生まれてから一か月半、NICUで頑張ってくれた強い息子。息子のこと、息子への想い、日々の気持ちなどを綴りたいと思います。

息子と私の兄夫婦の第2子である男の子は誕生日が10日ほどの違いです。



息子の方が先に生まれましたが、息子は26週で生まれたので、本来は息子が数ヶ月後に生まれる予定でした。



息子が生まれ、毎日せっせと搾乳し病院に通い、息子の容体で不安な日々を送っている時に兄の子が生まれたので、気持ちの面でも時間的な面でも、兄の子に会う余裕はありませんでした。




その後、息子をなくして、同い年同じ性別である兄の子にはますます会えなくなりました。




そして、今も会えないままです。



無理に会おうとは思っていないし、兄の方も妹が生まれたことは親から聞いてますが、多分私の心情が分かるのでしょう。

無理に連絡をとろうとはせず、そっとしておいてくれており、母にはいつも私の様子だけを尋ねるそうです。




なので、特に思い悩むようなことはないようですが…。

私にはずっと気になっていることがあります。





それは、兄の子が息子に似ているのか。





母に一言聞けばすむ話ですが、どうしても聞けません。


息子に絶対似ていて欲しくないのです。



息子は息子だけ。

息子の兄妹以外は息子に似て欲しくない。

兄妹以外の中に、息子の面影を少しでも見たくない。


勝手ですが、そう思います。







息子は生まれてすぐのNICUでの面会時に、看護師さんに「お母さんそっくり」と言われ、その後も他の看護師さん達にも私に似ていると言われました。


両親以外はNICUに入れなかったので、私の母は息子を写真でしか見てませんでしたが、母も私の生き写しみたいと言っていました。



兄と私は性別は違うのに、似ているとよく言われてきました。

そのため、ますます、もし似ていたらと思え、母に聞きかけては口に出せずにいます。





この間、母が、兄の上の女の子に
「ばあちゃんはなんで(兄の第2子)を○(私の息子の名前)って呼ぶの?」
と言われたと私に話しました。

ドキッとして答える言葉が見つからず、返事できませんでしたが、間違うって息子と似てるの?と思いましたが、口には出せませんでした。


もし、似てるという答えだったら耐えられないからです。



でも気になる。いつかは分からないけど、会う時までには確認したい。

けど、答えが怖くて聞けない。

これの繰り返しです。




以前、一度、夫に言ったら、息子は息子だから似てるとか似てないとか自体がないと思ってると言ってましたが…。




どうか似ていませんように。






いつか聞ける日がくるのかな。


それとも、聞こうと思わない日がくるのかな。




続きです。




通勤時間の渋滞で、車はなかなか進まないし、何度も来る陣痛と、下半身の服がビショビショに濡れている感覚に、間に合うのか本当に恐怖でした。



病院に着くと、救急の入口に車イスが用意されてて、そのまま分娩室へ運ばれました。


もう子宮口も開いていて、すぐお産になりました。
生まれるまで、病院到着から15分くらいです。


スピード出産だと出血も多くなりがちなようで、出血量も多かったようです。








病院に電話で状況を伝えるために、痛みから次の痛みまでの間隔を車の中でメモしていたものです。



最後は高速を降り、もう病院に着く(病院は高速の降り口からすぐ)ので、メモをやめたので、そのあたりまでの記録だと思います。



電話で状況を伝えていたため、病院側もしっかり準備ができて良かったと言われました。









退院後、不育症のクリニックに出産報告の電話をしました。

退院後は不調続きで報告の電話が遅れたため、産科からの報告がすでにあったようでした。

それによると、分娩室に入った時に子宮口9㎝となっていたようです。


「大変やったね、一人で生んだようなもんやね」
と不育症クリニックの看護師さんに言われました。
(退院後に発覚した卵膜遺残にも驚かれましたあせる)






安静解除になり、久しぶりに外出した翌日に出産になったので、安静も必要だったのだと思います。






息子の出産の経験があったから、陣痛の時に力を抜く感覚が分かったし、病院まで耐えられたと思います。



息子の時を思い出していたためか、不思議と息子がついていてくれたような気がしました。

妹も出てきたいのを我慢してしんどいのを、よく頑張ってくれたと思います。



看護師さんには「一人で生んだようなもの」と言われたけど、出産の朝の、車の中の光景を思い返すと、息子と妹と三人で力を合わせていたと思えるのです。








(残念ながら、運転して分娩にも立ち合った夫は入ってないですあせる…不思議ですなぁイヒ)









今さらですが、出産の時のことです。






36週で早産予防のプロゲデポーの注射が終わりました。

36週はまだ安静にと言われてましたが、次の37w1dの診察でこれからは少しずつ動いてもいいと言われました。






そこで、診察から二日後に赤ちゃんの退院時の服を買いに行きました。

それまでは動けないこともありましたが、不安もあって、ベビー用品は積極的に用意できずにいました。

この時点で購入していたのは、年末年始に急いで準備したベッドと布団、チャイルドシートと大きな物だけでした。

もし、安静解除の37週前に生まれた時は母に頼る予定でした。
(実際にオムツやミルクなどのベビー用品は入院中に実家の両親に用意して貰うことになりました)







服を購入した翌朝、夫が仕事に行く準備をしている時に、突然腹痛が。

お腹壊したのかなと思いましたが、痛みが治まって、二度目の腹痛は10分後。
陣痛かもしれないと思いました。



NICUの評判で選んだ病院は、高速でも下道でも車で一時間。
通勤時間帯は一時間半はかかります。

不育症や早産に加えて、病院まで遠いことも大きな不安でした。

医師には距離がある分、陣痛が20分間隔で連絡してと言われていたのに突然10分間隔。




慌てて病院へ行く準備をする間に、夫が病院に電話をかけました。
その時にトイレに入ると血がポタポタと。

状況を話し、急いで病院へ向かいました。

車に乗ると、すでに5分間隔。
しかもちょうど通勤時間で渋滞でした。




そのうちにジワーっと破水したような温かい水が流れていく感覚があり、痛みから次の痛みがくるのが3分間隔になり、また病院に電話。

お尻にも圧を感じると言うと、とにかく痛みがきても力を入れないようにと指示されました。



息子の時に帝王切開が間に合わないとなり、陣痛がくるたびに、力を抜いて、力を入れないでと言われました。

それを思い出して、必死に力を入れないようにしました。





続きます。