NY超庶民的生活。 -3ページ目

NY超庶民的生活。

NY在住のdoramaiです。夫のJT君は常夏の国生まれの、パートタイム・ミュージシャンです。ここでは決しておしゃれじゃない超庶民的な私のNYライフを綴っていきます。

もう一年以上前でもはや有益なのか定かではないけども、リクエストを頂いたので、グリーンカード条件削除を行った時の経験について書いてみたいと思います。

まず、私の場合義姉が移民弁護士(この二年の間にロースクールを卒業して無事に弁護士試験に合格しました☆凄い!)というスーパー恵まれた状況だったので、一般的な人よりかなり楽に済んだのではないかと思われます。だって当時、大学院の勉強で半分鬱気味になっていてグリーンカードの事なんてやる気ゼロだったし。

通常、結婚によってグリーンカードを取得した人は最初は二年の婚姻関係が継続してる場合のみ有効という条件付きグリーンカードが発行されます。そして発行日から満二年の90日前から条件を削除して、10年更新のグリーンカードに書き換え出来る手続きを始める事が出来ます。(例外は勿論あり、死別とかDVで離婚とかの場合は婚姻継続無しでも更新出来る場合がほとんどらしい。)


私の場合は2年モノの期限が2014年4月3日だったので、2013年末辺りから申し込み可能期間だったのです。


まず年明けにI-751, Petition to Remove Conditions on ResidenceというフォームをUCISのサイトからダウンロードして記入する。そして念のため義姉にみてもらう。記入自体は凄く簡単。


次、義姉にaffidavit(宣誓供述書)を書いてもらう。これは、『私がこの二人はきちんと夫婦として生活してると言う事を証明しますよ。』という書類。義姉が全部で3人分があったほうがいい、あと1人は義母に頼めばいいし、あと1人アメリカ国籍の保持者で誰かやってもらえる人いる?というので、友人に頼む。(何故アメリカ人にこだわるかは不明)


義姉が義母と友人にインタビューしてaffidavitを作ってくれている間、私は指示された資料を集める。

●過去2年のtaxリターン
●アパートのリース
●保険の証書
●銀行のジョイントアカウントのステイトメント(2年間全部の履歴が乗ったモノ、これだけで40ページくらいになった)
●2年分の写真20枚(義姉の指示に従い、全て私2人&誰かが写っている写真を時系列(なるべく毎月毎)にワードで配置し、日付場所、どの様な集まりか写ってる人全員のフルネーム私達との関係をキャプションで表記)


以上の書類と公的証明(notary public)してもらったaffidavit3通をまとめて、義姉の指示どおり、各々の書類の間に仕切り紙(違う色)を入れて見やすくし、更新費用$590の小切手と義姉がが書いてくれた(いつも仕事で使っているフォーマットらしい)手紙と一緒に郵送しました。(保険は覚えてないけど、多分かけた。)


という事で殆ど義姉にやってもらってしまって、自分で頭使って無いのだよ!なのになのに、ここまでやるのに結局3月の中頃まで掛かってるからね!やった事と言えば、ほぼプリントするだけなのにね。ひどいよね。あの頃の私は本当に大学院の勉強で自分のダメさ加減にやられ気味で全てがめんどくさかったからね。義姉に2回くらい大丈夫?送った?って心配されてしまったよ。


でも、せっかく面倒見てくれた義姉には悪いのだけど、個人的に二年分の全履歴の銀行のステイトメントと毎月毎の全ての情報を細かに載せた写真20枚はやり過ぎだと思う。彼女の働いていた事務所ではもっと複雑で難しい移民ケースを扱ってるので、念には念を入れてこういう方式をとってるみたいだけども。


彼女自身も「いやー、本当にあなたの手続きが後にも先にもダントツ一番で簡単だった。」って言ってるもんな。


二年分の月末毎のステイトメントと10枚程の写真だけで、ほとんどの場合に於いての日本人の、特に結婚のケースでは充分だと思う。(あくまで私の感覚的なものなので、信用しすぎず、自己責任またはプロに相談して判断して下さい。)


書類を送ってから1週間ほどでNotice of Actionの手紙が届き、書類と小切手は受け取りました。処理開始します。そして今のグリーンカードは一年延長になりますというお知らせも書いてあった。


更に数日後もう1通手紙が来て、来月にまた前回みたいに指紋取りに来てね(biometrics)ということである。前回の使い回しではダメなのかい、指紋なんて一生変わらないと思うのだが…。でもっ!指紋より何より私は顔写真の方が気になるよ、もう前回と同じ過ちは犯さないよ!


ということで1ヶ月後の四月下旬ににオフィスへ出頭。前回のbiometricsの場所とは違い、なんと面接をしたのと同じ場所。Queensの移民関連は全部この辺に集約することになったのかなー。


勿論今回は武器は持っていかなかったよ。因みに武器を隠した思い出の近くのトタン壁はまだ健在でした。(帰りに確認しに行った。)


ここのビルの人は皆信じられないほどフレンドリー。Konnichiwa!とか言われたし…。指紋、顔写真とさっさと進み20分滞在で終了。終わったあと撮影係りのおばちゃんに「今日の私のサービスは如何でしたか?1~5までで評価してね。」みたいな紙渡された。5にしといた。別に可も不可もなかったけど。顧客満足度向上を頑張ってるんだね、NY州…。やっと気付いてくれたんだね、カスタマーサービスは行政にも必要だって事に…。



ここからはひたすら待つ。UCISのサイトで条件削除の平均処理完了期間はbiometrix後約6ヶ月と書いてあったので、ま、そんなもんかーと思いつつ、その合間に古いグリーンドと一年延長のお知らせの手紙で日本とヨーロッパに行ったりもしたけど、何も問題なかった。


日本に行く寸前に、占い師に『グリーンカード関係の書類で80%問題が起きます!』って言われてかなりビビって入国審査に挑んだけど、あまりのあっさりさにもう本当にいいの?行っていいの?って審査官に確認してしまった。彼は自分の携帯片手に、もういいから!早く行きな!ってシッシ位の勢いで言われた。私のビビリを返せ~!


そして、9月の初旬、六ヶ月より少し早く、無事に10年モノの(2024年まで有効)のグリーンカードが届きました。とりあえず、しばらくは書類関係とはオサラバだ!

去年の事だから、記憶をたぐりながら書いてみたけれども、誰か一人でもの役にたったら嬉しいな☆

私達がメキシコを訪れた時は、ちょうど独立記念日を次の火曜日に控えた週末だったので、街全体がお祭りムード。ピラミッドから戻り、少し休憩した後に夜の街に繰り出してみました。

我々が泊まったホテルは街の中心街にありCcentoro Historicoという歴史的な建物が沢山残っているエリアにも徒歩圏内で行けました。ひとまず、ふらふら歩いていたらZócalo(ソカロ)という中央広場に着いた。

メキシコ国旗カラーの電飾。結構でかい。

Zócaloはスペイン人が来る前のアステカの首都テノチティトラ(Tenochtitlanの時代から、街の中心であり続ける場所。

国民的英雄とみなされている、アステカ時代の最後の王様、クアウテモック(Cuauhtémoc)の胸像も建っています。(写真は最終日にもう一度行った時に撮影)

メキシカンカラーをバックに。彼の視線はメキシコの行く末を見つめているのか…。


そして広場には人人人!老いも若きもとりあえず夜独立記念日直前土曜の夜は街に繰り出すぜ~といった感じ。特に何をしてる訳でもなく、皆歩いてるだけなんだよね。まあ我々もそうなんだけど。写真の奥に見える階段状のの物は独立記念日当日の祭典で観衆が座れる為の物のようです。すごい大きさだったよ。

今回の旅の間ずっと感じた事だけど、メキシコの人たちは本当に自分の国に誇りを持ってる。街の至る所で国旗を売っているし(独立記念日が近かったからかもしれんが、そうだとしても日本の建国記念日に国旗売ってるのなんて見た事ないし、アメリカでもないわ。)メキシコとはスペインの影響が強いという共通点がある、JT君の祖国でも、こんなに愛国心に溢れた雰囲気ではないらしい。

Zócaloは四方を秀麗な建物で囲まれています。(以下の写真は最終日にもう一度行った時に撮影)まずはメキシコ・メトロポリタン大聖堂(Catedral Metropolitana de la Ciudad de México)

ルネッサンス、ゴシック、新古典主義のごった煮のなかなか見応えある建物です。1513年着工、18118年完成。1614年には支倉使節団も立ち寄っています。この裏にテノチティトランの中心核の神殿の遺跡、テンプロマヨール(Templo Mayor) があるんだよ~!(一日目に行こうと思っていたのに、アメリカ横断クイズに阻まれた…。)

その向かいはホテル。

我らは大きな建物を見るとこのポーズを自動的にとってしまうようだ…。

独立記念式典用特設ステージの先に見えるのが、コンキスタドール、コルテスが建てた国立宮殿。

現在は大統領の執務室があります。ここに有名なデイエゴ・リヴェラの壁画があるのだよ~!(一日目に…以下略。)

Viva Mexicoの文字がまぶしいのは連邦庁舎。Viva Mexico!って本当にメキシコとその国民の皆さんに相応しいフレーズだと思います。

Zocaloからの帰り道、路上ライブに遭遇。ジャズっぽい音楽だった。

ちなみに後ろのカフェは24時間営業で安くて美味いで有名らしい。だから行列出来ているのか。

屋台のタコスで夕飯をすました後、ホテル近くのビールの品揃えが良さそうなバーに潜入!たまたま、そのバーで働いていたゲイっぽい男の子(名前はフェルミン、妖精さんの様な名前だ♬)が英語が喋れて(意外と?メキシコでは英語が通じないよ…。アメリカの隣国だからって甘くみていたよ…。)色々お話をする。

メキシコシテイのローカル情報から彼の将来の夢(おフランスでお料理の勉強をしたいそうだ。)、スペイン語の言い回しまで色々語る。盛り上がり過ぎて、最後には店で一番高いテキーラまでおごってくれた(笑)

あんなに盛り上がったのに何故に私らは彼と一緒に写真を撮らなかったか疑問だ…。バーの写真はこの曜日毎のオススメビール一覧表のみしか撮ってなかったよ。日曜日(Dmingo)はお休みなんだそうです。ここだけじゃなくてメキシコのお店のほとんどはお休みみたいね。

面白かったのは、そのバーには各国語での乾杯の一覧表みたいなのが飾ってあって、日本語が「Kampa!」になっていた事。これじゃ「金くれ!」ってエラそうに言ってるか、「Cold Wave!」って言い放ってるか事になっちゃうよ。って教えておきました。

こうしてメキシコ二日目の夜はふけていったのでした…。

アメリカ横断を終えて無事メキシコシテイ入りした我々。朝ご飯は確実な所で食べよう(空腹で歩き回る気力がなかった。)という事でホテルのレストランへ。

ぼったくり朝ご飯

オ ムレツとビュッフェスタイルのヨーグルト、シリアル、パンというスタイルで、なんと二人で250ペソ(1500円くらい)もした!日本とアメリカの感覚で はそこまで高くないと思うけども、これってメキシコでは超高級朝ご飯だよ。別にたいしたことなかったし…。もうホテルで食べるのはナシだなと心 に決めた二人なのでした。

気を取り直して、いざ出発!本日の目的地はピラミッド!その名もテオティワカン!メキシコにもピラミッドがあるの?と思う人も多いようですが、あるのですよ。南アメリカ全体で結構な数あるみたいだよ。エジプトだけじゃないんだね。

テオティワカンは Terminal Central del Norteというバスターミナル(NYで言えばPort Authorityみたいなものかな)からバスにゆられて約一時間。このバスターミナルに向かう為にまずは地下鉄に乗る我ら。

地下鉄はどこへ行くにも均一5ペソとスーパーリーズナブル!旅行中に乗りまくりました!

さ て、バスターミナルに行く前にひと悶着が。本来のバスターミナルの最寄り駅の一つ前で降りてしまい(理由は別の記事にでも書こうかな。)バスターミナルを 探しまくる事一時間、色んな人に聞きまくり、勿論全部スペイン語な訳で…。方向はわかったけど詳細はわからん…。5,6人に聞いてなんとかもう一つ先の駅 に向かえと言ってるのだとわかり、再び地下鉄に乗り、やっとの思いでバスターミナルへ。

テオティワカン行きのバス会社のカウンターはターミナルの一番奥。「la pyramid」と言って往復のチケットを購入。88ペソ(550円位)でした。あと1分で出発するから!と言われ駆け足で乗り込む我ら。その前に空港み たいなセキュリティーを通らないといけなかった。

バスの道中は途中で物売りや、弾き語り(若い頃のゆずのメキシカンバージョンみたいな二 人組だった。JT君が結構気に入ってチップあげてた。)が乗り込んできたりしたんだが、一番驚いたのは街と郊外の境目みたいなところでお巡りさんがビデオ カメラ片手に乗り込んできて乗客の顔を一人づつ録画して降りていった事!どうやら誘拐された時などの資料のためらしい。やはりそういう危険な側面もある のよね…。

カラフルな家

とはいえ、それ以外はいたって普通のバスでありました。窓から見える街並みがカラフルでかわいかった。あんまり上手く写真撮れなかったけどね~。

ここで降りる

サボテンがお出迎え

約1時間後無事に目的地へ到着。サボテンの前でバスを降ろされる。入り口はいたって地味で、小さな小屋でチケット64ぺソ(約400円)を買う。ビデオ撮影したい場合は別途45ペソって書いてあった。

いざ突入!おっ目の前に早速ピラミッドか?

いきなり神々しい

といそいそと向かい登ってみる。と、そして見渡してみて気づく。これはピラミッドではない~?あの遠く見える2つの巨大なのがピラミッドだ~!!どうやらここは神殿の様です。


これがピラミッドだ!

そもそもテオティワカンとは、
”紀元前2世紀から6世紀まで繁栄した、テオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡[。 当時のアメリカ大陸では最大規模を誇り、メソアメリカの中心的都市として機能していた。テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された 都市で太陽のピラミッド、月のピラミッド、そして南北5キロにわたる道(「死者の大通り」)が基点となり各施設が配置されている” (
Wikipediaより引用)

ピラミッドだけじゃなかったのですね。私は入ったらすぐピラミッドがあるもんだと思っていたよ。勉強不足でした、とほほ。

と いう事で、5キロの死者の大通りを歩き始めました。日差しを遮る物は何もないので、日焼け対策をちゃんとして行くべきであった。顔しか日焼け止め塗ってお らず、肩と脚がひどい事になりました。事前の天気予報で滞在中ずっと雨って出てたから、油断していた。そういえば私は結構晴れ女だった!結局滞在中、雨に 降られる事は一度もなかったな~(夜中に降った日があったみたいだけどね。)

5キロの道のり

現代の死者の大通りは土産屋の大通りになっており、至る所に民芸品を売ってる人々が。結構アグレッシブに売り込んでくるよ。私は都会生活で培ったスルースキルを存分に発揮して目を合わせない様にしていたけれど、JT君は結構な確率で捕まり、巻くのに苦労していたよ。


太陽のピラミッド

やっとこさ、太陽のピラミッドまで到着。65メートル!今ここで登ったら間違いなく月のピラミッドまではたどり着けないから、とりあえず、そっち行ってからにしようということでここは写真撮影のみで通過。


月のピラミッド

更に歩いてなんとか月のピラミッドまで到着。こちらは途中までしか登れないのだけど、JT君なんと登らないと言い出した!そうですか、では私は一人でも参りますよ、と孤独に登頂開始。距離はたいしたことないけど傾斜が凄いよ。下りを想像すると怖かったよ。


ピ ラミッドに登ったのは人生初でしたが、やはり神聖な場所なのね、空気が違う。テオティワカン全体も空気が澄んでいる(自然的な意味以上で)と感じたけれど も、ピラミッドはなんというか空気のハリがさらにぴーんとしている。でも決してぴりぴりした緊張感ではなく、なんというか究極まで磨かれた巨大な水晶玉の 内側に入った感じ。行った事ないけど、伊勢神宮とか出雲大社とか同様の感じではないのだろうか。

うえから眺める

なんだか、ほーっとしてしまって写真もこれともう一枚しか撮らず、拝むとまではいかないけど、こんな感じでお願いしますと心の中でここの神様にお願いしてみた。


帰りは死者の大通り引き返し、案の定太陽のピラミッドに登る体力は残っておらず無念だが通過。

そ してそして!次の日にテオティワカンの神様のおかげとしか思えない、凄い報告を遥か日本の母からメールで受けて、ピラミッド凄い~~!とおったまげてしま いました。いや本当にこんな事があるんだっていう事でね。ご利益をお裾分けしなければと思って友人にピラミッドの画像送りまくってしまった。このブログの 写真でもご利益届くといいな~。またお礼参りに行かなければ。その時は太陽のピラミッドにも登る!

今回のMexico Cityへの旅は地元のLaGuardia Airport(東京に例えると羽田空港っぽい国内線メイン)からNorth Carolina州のCharlotte Douglas Airport 経由でメキシコ入りする約七時間の空旅の予定だったのです。朝六時の便でお昼過ぎにはメキシコに到着して午後まるまる観光する気満々で朝四時起きで空港に馳せ参じました、っが!

NY-Charlotte遅延

さすが、安定US Airways(今まで利用して一度たりとも時間通りに発着した事ないし、一回なんて遅れてもないのに出発時間前に飛び立って一晩New Mexico に置き去りにされた事あるわっ!)しかも遅延の理由が「往復便で、機体が従業員不足でCharlotteからまだ飛べてません。出発予定時刻は9時になります。」って…。本来なら到着の時間にまだ出発も出来てないなんて…。

9時にNY出発ってことは9時半発のメキシコ行きの便には当然間に合わない訳で…。お客様窓口で代替案を用意してもらう事に。

カウンターのおばちゃんが「絶対今日中にはメキシコに着ける様にアレンジするからね!」って使命感に燃えた感じで端末カチコチして、数分、出てきたルートは…。

NY –Charlotte (NC) =2時間待ち= - Phoenix (Arizona)  =4時間待ち= – Mexico City 23:46着


まさかの二回乗り換え!しかも余計にアメリカ横断!しかもメキシコに着くの12時近く!確かに本日中っちゃそうだけど、あと13分で日付変わります…。しかも夜中近くのメキシコシテイとか怖すぎるんですけど…。JT君いるからなんとかなるだろうけど(女1人で夜のメキシコシテイは本気で危ないらしいし、実際一人は無理な感じだった。)でもそれしかないって言うし、仕方なくそのルートで行く事に。今思えばもう少しごねてれば、JFK発直行便とまではいかんくても、アリゾナで使える食事券くらいはくれたかもしれん。(こういう時、私は小心であんまり強く言えない、JT君は元来の性格がケセラセラな人だから大概の事受け入れちゃうから何も言わない。)

どれ位有り得ないルートかというと、

本来のルート

これが本来のルート。

今回のルート

アメリカ横断クイズ勝手に開催みたいなルート。

無駄足多いなっ!

そして、旅の初日に撮った写真はこの一枚のみ。まさかのアリゾナの絶景!

初日に撮った写真はこれだけ…。嗚呼アリゾナ

ちなみに、この行程でタイムゾーンを三回またいで一回戻るという分けワカメな事になったので、各ゾーン間はたったの一時間違いづつとはいえども、体内時計が狂っていくのを感じました。結局実質14時間の片道。


空港にへろへろになって到着してタクシーでホテルに向かったんだけど、ちゃんとしたタクシー会社のカウンターで呼んだにも関わらず、おつり100ペソ(600円位)ちょろまかされた~!


まあ、収穫だったのは夜のメキシコシテイの顔をタクシーの中から垣間みれた事かな。スラムみたいな所が暗闇で本気でヤバい雰囲気を醸し出していたし、夜のお姉さん達が大通りで営業しまくってたし、少年達が信号で止まった車の窓を勝手に磨いて小銭を貰うっていうのも見たし。昼間の同じ場所では見なかった街の日常が覗けたのは興味深かった。

先日、メキシコシテイへ行ってきた。出だしから一筋縄でいかない、興味深い旅であった。気づく事や吸収する事もいっぱいあった。

そして、旅の途中から帰ってきた今週にかけて、ここ数年の日常的だったものが堰を切ったかの様に崩れたり、終わったりしている。メキシコに行く前か ら、そろそろかなーという兆候があったのだけど、予想以上に早い展開になった。私自身の気持ちがまだそれに追いつけてないのが正直な所で、戸惑っている。

冷製に状況を見据える為にもメキシコで感じた事、学んだ事をここにゆっくりペースでのいいから残して行こうと思う。