「決意のシナリオ第一稿」
スプラッター・ゾンビ映画の決定版を撮ろう!
そう思い立ったのが90年代のある夏。
その年の暮れ、
遅々として進展しない企画のことは常に頭の片隅にあったものの、
暮れの忙しさの中、
私は忘年会で歌うカラオケの曲目や、
奥菜恵の事などを考えながら
会社員として日々慌ただしく過ごしていた。
暮れも押し詰まり、仕事納めの後、
例年通り私は帰省する彼女を駅まで見送ると、
自宅へ戻り自室の大掃除に取り掛かった。
大晦日一日かけて徹底的に片付けたマイルームで、
ホラー映画三昧の正月を過ごすのが、
例年の楽しみとなっていた。
しかしこの年の暮れに限り、
常に頭の中にある考えが居座り、
掃除などしつつも、
それは私の中で次第に膨らみ、
形を成していった。
そして時計の針が深夜12時を回り、
新年を迎えたその時、何かがはじけ、
私は大きな決心をした。
大きな仕事に取り掛かるための唯一の道を、
私は既に発見していた。
踏ん切りがつかなかっただけだったのだ。
私の決心とは、
1 長年勤めた会社を退職、製作の為の時間を作る。
そして映画完成まで再就職はしない。
2 コツコツと貯めた銀行の積み立て預金150万円
(結婚資金になるんだろうなあ、と思っていた)を、
製作費とその期間の生活費に当てる。
3 父に頼み込み、空家の取り壊しをその年の夏以降まで延期し、
カメラマン田中君の夏の長期休暇に合わせ、集中してロケを敢行。
4 役者には少額でもギャラを支給し、
多少でも演技経験のある人材を確保する。
私は元旦から脚本の執筆に取り掛かった。
諸々の制約が一気に取れたことで、
自分でも信じられないほど軽やかに筆は進み、
正月2日には、下書きの状態だが第一稿が仕上がってしまった。
しかも2日で仕上げたとはいえ、
各登場人物のバックボーンまで詳しく設定し、
ネーミングにまで気を配った、
我ながら本格的な力作だった。
ちなみにネーミングは、大学時代の学籍名簿から、
発音しやすく、なおかつ響きの良い名前をリストアップして決めた。
これだけ仕事が速く進んだのは、
私の作業能力が飛躍的にアップした・・・・・わけではなく、
田中君との長い長いやり取りの中で、
「私は本当ならこうしたいのだ」
という考えが知らぬ間に私の中で形作られていたのだろう。
当然ながら、人物設定や物語の展開は、
私自身の案を採用。
私の案の方が優れているから、というわけではない。
自分で書き、撮る以上、
自分のエゴを通さなければ何の意味も無いからだ。
人物のバックボーンは、
以前あるシナリオコンクールに応募して落選した、
私の別の作品から流用した。
私はすぐさま田中君に電話で連絡した。
「おお、君か、あけましておめ」
「シナリオが完成したのだ!!!」
「へ?」
私は自分の決意と今後の計画を、意気揚揚と田中君に伝え、
すぐに清書した第一稿を送る事を約束した。
「楽しみに待っていたまえ!ふははははは!」
私は今までに無いほどのブ厚い紙束を封筒にねじ込むと、
自宅近くの郵便局へ走りポストへ放り込んだ。
同封した手紙には、田中君の意見も無視しないよう、
何か気付いた点があれば遠慮なく指摘してくれ、
と一筆書き添えておいた。
内容的には私の案を採用していたものの、
田中君の希望した通り大作に仕上がっている。
(私は50分程度、と見積もっていた)
しかも今回は田中案の時のような
製作環境の整わない中での実現性の低い大作化ではない。
ちゃんと時間も費用も確保した上でのスケール・アップだ。
田中君は喜んでくれるだろう。
大喜びだろう。
泣いて喜ぶかもしれない。
数日後、思ったより早く田中君からの返信が届いた。
そこには田中君の歓喜と祝福の言葉が、
・・・・・無かった。
彼の反応は意外なものだった。