■野だたら
◇出雲王国誕生の秘密◇野だたら◇その訳は「出雲に黒い川があったからだ」と伝承は述べる。黒
い川とは、現在の斐伊川のことであろう。その川底や河原には砂鉄がたまり、黒く見えることがあ
る。古代には砂鉄がもっとも重要な産物だった。斐伊川は「聖なる川」としてあがめられた。その
川には、「ゆまり」(小便)をするのも禁じられた。「鉄は国家なり」と言われるが、古代でも国
家の繁栄を左右していた鍵は鉄だった。石器から鉄器の時代になると文明は飛躍的に発展する。自
然に川底にたまった砂鉄は「川粉(かわこ)ガネ」と呼ばれたが、それだけでは足りなかった。後
では山の真砂(まさ)・(花崗岩が風化したもの)がくずされて、「鉄穴流し(かんなながし)」が行
われた。それは真砂を溝に流して、砂鉄を選り採る方法である。奥出雲山地の真砂砂鉄は、チタン
など有害不純物が少なく、低温精錬が容易で還元性に優れている。タタラはドラビダ語で「猛烈な
火」、を意味する。日本で最初に行われた製鉄は、「野だたら」と呼ばれた。◇鉄生産について◇
和国で最初に鉄生産「野だたら」が行われ文明のブレークスルーがおき、繁栄したのが出雲王国で
ある。その名ごりを残すものとして、●「金屋子(かなやご)神社」製鉄や鍛冶の神様で、同名の
神社は全国に千二百社もあり、ここがその総本社。製鉄・冶金関係者らが現在でも数多く参拝して
います。他に●「和鋼博物館」、●「鉄の歴史博物館」、●「野だたらと白椿の里」、●「奥出雲
とたたら刀剣館」、●「たたら角炉伝承館」、●「鉄の未来科学館」●「金持神社」等があります
。明治期の西洋の近代的製鉄が導入される明治初期まで「たたら製鉄」は日本の鉄の総生産の80
~90%を担っていた。「野だたら」の伝統はその後、途絶えてしまったが、日本刀の原材料とし
て欠かせないということで現在は日本刀の伝統を守るために、日本刀保存協会の資金援助のもと、
「野だたら」の伝統が復活している。原始的な「野だたら」で作られるカネ・鉄(はがね)の、そ
の品質は、現在の最先端の鋼(はがね)生産技術をもってもかなわない。
地域ストーリー作り 経済産業省