ドッピョのバドミントンブログ -39ページ目

ドッピョのバドミントンブログ

楽してスキルアップを夢見る脳みそピヨピヨ♪な日々を描く

門松謹賀新年門松

m(_ _)m 明けましておめでとうございます鏡餅

年末年始、のんびりし過ぎてブログも日にちが空いちゃいましたね。

 

さて、退屈な挨拶はとっとと済ませw

今回は、バドミントン学というかバドミントン理論について。

バド歴も長くなってきたので、思うことをつらつら書いてみます。

 

 

ブログを書き始めた10年前と違って、最近は持論も増えてきました。

世間様の意見にはあまり耳を貸さず、我が道を行くスタイルでやってきたんだけど。

それは、納得できる教えがほとんど何処にも見つからなかったからです。

 

バドミントンの真理を教えてくれる人がいたらなぁ~っと、何処かにそれがあればなぁ~と。

そう期待してネット探索を続けたけど、自分の目に映る範囲にはどうやら存在しない。

見つからないなら自分で練るしかない・・・という訳で、今もちまちまと考察を続ける日々。

 

世間では、進化だぁ最新だぁと随分盛った話でワイワイやってるのも目にするけど。

正直、それらの内容はウサギ飛び時代とたいして変わらない。

ほとんど進歩していないのが実態で、古い内容に毛を生やして進化と呼んでいる。

ぶっちゃけ、近年のバドミントン理論は昔からまるで進歩していないね。

 

日本ではバドはプロスポーツでもないし、ガチで研究してる人は少ないのだと思う。

下世話な話だけど、お金が動かないから本気で研究する人が増えないのかな。

もしそういう状況が生まれたなら、現存する教えの数々はあっという間に淘汰されるかもしれない。

 

 

 

少し話が逸れるけど、随分昔に囲碁のプロ棋士の書籍を読んだりしていました。

彼等は勿論プロなので、良い手と悪い手に関してぬかりがないです。

その一手にどれだけの価値があるのかを、数字で明確に細かく評価しています。

囲碁を趣味で嗜むアマと違って、プロ棋士は悪い手を徹底して取り除く必要があるからね。

 

囲碁のプロの歴史は結構長いらしく、軽く百年以上は続いているらしい。

日本のバド界でプロ化が進むのは、まだ当分先の話だろうから。

そういう意味においても、周囲のどこかで本物のバドミントン指導が得られる環境があるか?

っと言えば、当然そんなのあるはずはない。答えは完全にNOだ。

 

少なくとも、今の日本のバド環境では本当の意味でのプロはいない。

契約的にプロになってる人や、指導を職業にされてる人はいるかもしれないけど。

プロ化の波はまだこれから産声を上げようとしている段階。

ならば、現時点においてバドミントンの真理は誰の手にも渡っていない可能性が大。

 

誰も持ってないのだから、どれだけ探そうが見つかるはずもないw。

(-_-;) それをネット検索で探そうとしていたのだから、自分は馬鹿丸出しという訳です;;

 

 

 

近年、囲碁AIが登場したことによって、囲碁界も大きく様変わりしました。

トップ棋士ですら、コンピュータに当たり前に負ける時代が到来したんです。

それによって、囲碁の常識はあちこちで覆った。

 

囲碁AIの強さは化け物級で、人間の力を借りずに自己学習だけで強くなっていく。

ゼロからの自己学習で、短期間でトップ棋士を打ち負かす強さに到達するらしいです。

バドで言うなら、バド始めて半年も経たないうちに全盛期のチョンウェイやリンダンを打ち負かすプレーヤーに成長する訳ね。

しかも、誰からの指導も一切受けることなく、独学と自主練だけでそれを成し得る。

 

そして今現在、プロ棋士はどういう環境で戦っているかというと。

人間同士の対局をAIが判定して、どっちが勝ちそうか勝率をリアルタイムで表示してくれる。

テレビで囲碁観戦している人は、その揺れ動くバーを見て優劣が一目で分かる仕組み。

 

↓画面上部にバーがありますよね、このバーが動いて勝率を示してくれる。

 

(^_^;) 恐ろしいですよね。

対局者は、常に最強のAIに評価をされながら戦っているんです。

勿論、AIの判定は対局者には知らされないけど、観戦してる人には丸分かり。

一手打つたびに、勝率のパーセンテージが変動して逐一優劣が評価される。

 

悪い手を打つと、このバーがググゥ~~~っと一気に下がったりもするんです。

つまり、思いっきり駄目出ししてくるんだよねw 勿論、AI的に悪い手という意味だけど。

バドでいうなら、『そんなとこにスマッシュ打つなっ 馬鹿か!』 みたいなw

 

最近は更に、AIだったらどこに打つか?という手の候補も表示してくれるようになりました。

これはNHK囲碁の話だけどね。

だからテレビを見ている観戦者にとっては、楽しみ方が増えたと言える。

 

そして、現代のプロ棋士達は、この囲碁AIを勉強パートナーにするようになりました。

一手打つごとに、最強の囲碁AIが勝率何%とはっきり優劣を示してくれるんです。

ツールとして考えれば、こりゃぁ~~最高に便利だ。

文字通りの本物の世界最強専属コーチ?みたいな感じだと思います。

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

ふんわり風船星 さて、話をバドミントンに戻すんだけど。

 

そんな存在がバドミントンにも欲しい。

バドミントンの真理を、本物の理論を教えてくれる存在が欲しい。

なんちゃって指導なら世にいくらでもあるけど、そういうんじゃない。

 

囲碁AIの示す一手一手は、説得力を有したある意味で正解の一手。

少なくとも、現代においては囲碁の真理に最も近づいてる一手とも言える。

そして、囲碁AIはそれを惜しげもなく明確に示してくれる。

 

同じように、AIバドラーが開発されたとして。

いゃ、ここで言いたいのは、AIの出現を期待してる話ではなく。

まだほとんど明確になっていないバドミントンの真理に期待しているという話です。

 

攻めはトップ&バック?、守りはサイドバイサイド?

正直、そういう話はなんか・・・ちょっと古臭いというか前に進んでないと思うんだよね。

一体いつまでそんな話が中心に居座り続けるんだろうか。

 

囲碁AIは過去の定石をブッた斬りにしました。

それまで駄目だとされた手を、良い手だと評価することもある。

長い歴史の中で作り上げられた定石さえも。

 

もしAIバドラーが出現したとしたら、今のバドの常識も無情に覆すかもしれない。

そしてバドミントンの真の姿を、世に暴き出してくるかもしれない。

AIに期待してこんなことを書いてるのではなく、バドの真理は未だ埋もれたままなのでは?

っと、そういう話です。

 

囲碁界はAIが起爆剤となって大きく進んだ。

誰も気付いてなかった進める余地が、実は沢山埋もれたままだったと気付かされた。

もしAIバドラーが、イースタングリップを否定してウェスタングリップを推奨してきたら?

そうしたらバド界にも激震が走るだろう、囲碁界と同様にね。

 

 

うさぎ今回、こうした記事を書くに至ったきっかけが実はあって、それは。

ホームポジション なんです。

 

年末頃かな、シングルスをしていてホームポジションの位置を修正してみたんです。

そしたら、普段ボコボコ負かされる相手に勝ってしまった;;

自分でも、あれ?ぃゃ・・・たまたまか?んんっ?どうなんだろう。

 

まだ自分でも評価し切れてないんだけど。

それが1人ではなく、2人相手に立て続けに勝ってしまった。

どちらも20代の若い男性プレーヤー。普段は結構負かされる。

でも、1人の方はこれまでにも稀に勝ってる相手だし、やはりたまたまなのか?

 

でも、実際ラリーをしていて、今までとちょっと違う流れがあって。

だから、ただの偶然とも言い切れない。

 

↓具体的に、どこをホームポジションに設定したのかというとこちら。

チャリチャリで使うボックスの中心線よりも、前に陣取る。

実際にその位置に立ってみると、コートのちょっと前寄りな感じ。

後ろが苦手な自分は、これまではもうちょっと後ろ寄りにポジションを取っていました。

 

有力プレーヤー達が前寄りにポジションを取っていたのは前から気付いてたけど。

自分はそれだと後ろに入りきれない、だから少し後ろ目にいたんです。

それを今回は前寄りにしてみた。

 

そしたら意外なことが起きたんです。

当然、後ろに追い込まれて辛い場面が増えるだろうと覚悟していたんだけど。

不思議なことに、実際はそうはならなかった。

 

まだ評価中の話なので、なんとも言えないけど。

前寄りで触る機会が増えることで、それが相手の余裕を減らすことに繋がり。

結果、相対的にこちらの負担が減ったのかもしれない。

プラスマイナスが相殺して、後ろを空けたはずなのに追いやられる場面は特に増えなかった。

 

これは、いざこうして言葉にしてみれば一理ある当たり前の話でもあって。

攻撃は最大の防御。より高くより速くより前で・・・というバド格言のそれだ。

しかし、後ろを空けたのに後ろが辛くならないというのは、感覚的に不思議でもある。

 

ホームポジションについては過去記事でも扱っていて。

真ホームポジションなるものを考察していたから、もっと早くそれに気付いてもおかしくなかった。

アビリティーなるものも考案していたし、バドが対人競技であることを考えても。

優劣は絶対的に決まるものではなく、相対的に決まるものだ。

今思えば、そこから当然導かれる理屈だとも言える。

 

以前に、ホームポジションについて説明されている動画を見たことがあるけど。

自分には、何を言ってるのかさっぱり理解できなかった。

 

美味しいカレーを作るのに、何時間煮込むべきですか?っという問いに対して。

ルーがとろぉ~~としてくるまで煮込みましょぉ~~みたいな回答だ。

こういう話は、言いくるめられたような感じでモヤモヤだけが残る。好きじゃない。

結局後になって、ぁれ?んで何時間煮込むの?っと同じ疑問を繰り返すことになる。

 

このホームポジションの一件で、ごくありふれた話題すらまだ明瞭になってないと気付いた訳ね。

ホームポジションなんて、ベタ中のベタな話題のはずなのに。

それさえも、自分の中でそれが何処なのか?は未だに分かっていないということ。

 

因みに、ここで言ってるホームポジションの話は動いてる最中の話ではなく。

ラリー始めの一番最初の位置取りの話ね。

新フットワーク理論の記事があるので、動きながらのポジションについては迷ってないです。

 

 

バイキンくん さて、新年一発目の記事としては少し長くなってしまったね。

そろそろ終わりにします。

 

バドミントンを学問として研究した時に、どこまで真理に近づけるのだろうか。

バドの本当の姿はどこにあるんだろうか。

今の自分の目に映っているのは、アビリティーの比較論。

対人競技であるバドは、自分と相手の相互比較によって相対的に優劣が決まる。

 

絶対基準の評価は通用しないので、自分だけを見ていても駄目。

比較、割合、パーセンテージ、確率、そうした相対値が判定の基準になるのではないか。

 

m(_ _)m 楽しい話題だねw