変動2 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして


「あれ?doorさん、こんな時間にPC起動?」
スカイプが自動的に立ち上がり、ポップ音が聞こえた。
「えぇ、一日終わってちょっと寝る前にチェック
 結局いつも ちょっと、じゃすまないんだけど…
 こんばんは、挨拶が後になってしまって」
「こんばんは」
「今ネットニュース見てて、松本復興大臣の」
「辞職ね。また復興が進まないって被災地はその話題で大変だよ」
「昨日はあんまり怒って眠れなかったの」
「誰が?」
「私よ。私が松本に怒ったの。普通怒らない?あんなの聞いたら」
「…9日で給料いくらかなぁ?」
「9日って何?」
「あの人が大臣やった日数」
想像もつかなかった。

世襲議員である松本龍が、今までどういう風に遇されてきたのか、周囲に対してどのように接してきたのか。その前日天下に明らかになった。
同和の問題は東京に住む私にとっては全く実感のない話で、身近に見聞きすることもなかった。だからこれが同和利権で生きてきた人間なのだと初めて実感した出来事だった。
関西のオジ様は彼を「穢多のお坊ちゃん」と評した。そのような表現は言葉としてはショッキングだったけど、おそらくその通りなのだろう。とにかく私は怒りに震え、その夜寝付けなかったのだ。被災地では余計に怒りが走ったことだろう。
9日間は全く無駄になったことになる。何一つ前進しなかった。それは9日間だけのことだろうか…

「徹さんご家族は?」
「俺は×1」
「じゃ独身なんだ」
「自宅にはお袋いるよ」
「お子さんは?」
「もともと作らない条件での結婚だったから」
彼は自分の半生を簡単に語り始めたが、その襞も、そこにある思いにも触れなかった。彼の眼から見た彼の人生、彼の暮らしや考え方が簡単に私に理解出来るとも思わなかった。
「今後も作らないと思うよ、もう41だし…それで今は被災民」
そういって締めくくった。
「41じゃまだまだ男の人はいけると思うけど」
「ギャハハハ」

民主党政権が混乱を繰り返し、政局なんてくだらないことで時間を費やす。それが被災地から見てどのように映るのだろう。多く集まった義捐金すら殆ど手付かずのまま、時間だけが経過していく。個人的には菅内閣は交代すべきだと思うが、あれだけのことがあったのだから、多少の判断違いや混乱は致し方ないのだろうと思う。
しかし被災地の暮らしは続いていく。半壊の家に住み、除染してもすぐに放射線濃度は上がり、県外の野菜を探し廻る日々。
その間にも余震は続き、半壊の家が、どの余震で全壊になるか。その時に命は大丈夫なのか、常にそういう恐怖とともに暮らす。
被災地ではあきらめと疲労が溢れているようだ。

私の目の前にいる徹はそれを代表していた。彼は生まれながらのエネルギーで諦めの代わりに怒りを持って、突然降りかかった災難に本音で果敢に立ち向かおうとしていた。

原発を受け入れたことで双葉町や周辺には雇用が生まれ、補助金も、手当ても入った。
しかし事が起こったとき、被害は驚くほど広範囲に及んで、地震そのものの被害の大きかった中通りは忘れ去られていく。彼らには原発利権はなかった。放射線量は30キロ圏の避難区域に迫る勢いでも、避難のための支援は何もなかった。

それでも徹は週の半分を沿岸部で過ごし、瓦礫撤去のボランティアをしていた。
「もう匂いが酷くて県外のボランティアなんて来ねぇんだよ」