香港ドール12 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

私がメンスになったことで入浴は取りやめになったのだろう。翌日も相変わらず朝食が準備され、夕方には男がやってきて一緒に食事を取った。幸いなことにレコードは置いたままにしてくれて、入浴の変わりに夕食を一緒にとるようになった。3日ほどが経過した。

食事中も相変わらず男は黙っている。
「ねぇ、編み物でもしようと思うんだけど」
「ニッティング、ヤーン、ニードル」
それは単なる思い付きだった。何もすることが無い暇つぶしとして出来る事をずっと考えていたのだ。もう一つ目の見えない自分のカレンダー代わりに毛糸で一日一目ずつ編んでいけば、何か区切りの無いこの生活の節目になるのではないだろうかというのもあった。
「あとねぇ、ハーモニカ、分かる?何か楽器が弾いてみたいの。
聴くだけじゃなくて自分で弾いてみたいの。
だけど、私そんなのやったことが無くて、ハーモニカぐらいだったら吹けるかなぁって」
モーツアルトは私の心を慰めてくれた。しかし朝から晩までモーツアルトというのは思っていたように少し飽きが来ていた。
沈黙。
「お願いね」
両手を合わせて頼んでみる。


男が居ない間の私は鬱々としているだけなのだ。売春宿からここに移ったことで、いくらか安堵したものの、わけの分からない不安感は相変わらずだった。
時間の経過がそれをはっきりさせてくれるのだろうと待っていたが、男のほかは誰も来ない。
目の見えなくなったことは、やはりショックでこの部屋でどうやって自殺したらいいかたまに考えてしまう。がらんとした部屋の中には何も無くて、死ぬのに使えそうなものはまるで無かった。窓ガラスを何かで割ってガラスの破片を手に入れることぐらいしか思いつかない。あとはシーツでも引き裂いて首をくくろうかと思ったりしたのだが、あいにく吊るせそうな所は見つからなかった。


何とかして日本に帰りたい気持ちはあった。警察の処遇だって今の状況よりはマシだろう。父や母の元で暮らしていけば、それなりに生きていく道も見つかるだろう。学生運動も友達ももうどうでも良かった。と同時に奇妙なことだが私はこの男自身に興味を覚えていた。それは抜け出す手立てを考えるために必要なことであったけれど、何かそれ以上のものがあったような気がする。それはあの日みた夢が契機だったかもしれない。


男に関する情報を集めてみる。


年齢 不明 皮膚や、手の感じから45歳以上ではないと思う。また20代前半以下とも思われない。全体の感じから抑制が効いているため。


人種 東洋人 広東語を主に使う。極めてお粗末な私程度の英語を話す。もしかしたらそれ以上かもしれないが、発音の感じからそれほど上手いとは思えない。


住まい もしかしたらこの部屋の隣の住人かもしれない。それはかなり高い確率だと思う。大騒ぎをしたときにすぐに来た。右隣か左隣かは不明。男が出て行ってすぐに部屋のドアに耳を当てて確認した時は、立ち去っていく足音が聞こえた。しばらくして右隣の部屋に人が入る物音がした。けれどそれは1,2分後のことだ。これはこれから毎日確認して様子を見るべきことだ。両方の隣室は余り人の気配を感じない。いつも静かである。


仕事 不明。昼間働いて週一度の休みなのだろうか。手の感じは滑らかで、肉体労働とは思えない。


性格 用心深い。先日オレンジジュースの残りを飲もうと思ったら冷蔵庫の中に無かった。なぜ持ち去ってしまったのかよくわからなかったが、もしかしたらガラスを入手させたくなかったのかもしれないと思った。施錠は2つ。ちょっと出て行くときは一つだが、基本的にはきちんと2つする。朝食時の食器はプラスチック製。こちらに持ってくるスプーンもプラスチックのもの。もしかしたら私の自殺や自分に対する武器になることを恐れているのかもしれない。
もっとも私を監禁しているわけだから、これぐらいの用心深さは当然かもしれなかった。


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