香港ドール7 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

突然布団がめくられて目を覚ます。男が息を呑む音がする。
「なに?」
ベビードール一枚で下半身を剥き出しにした私の手はまだ股間にあった。
「することがないのよ、他に」
沈黙。
冷たい指が不意に私に触れた。まだ濡れていたから指はヌルリと滑って、私でないもののもたらす快感が一瞬身体を駆け抜ける。何かを期待している自分に気がついて私はビックリした。

来て欲しい、もっと触れて欲しい。それは自分独りでは到達できない高みへの憧れに似たものかもしれない。自分で自分を満足させることは出来ても、所詮は独り芝居。自分の限界を超えることはないし、広がりも深みも予想の範囲内なのだ。
男はベッドの脇から去るといつものように紙袋の中を探り始めた。
ふん。


お腹はペコペコだった。
「今日はなに」
私はふて腐れて乱暴な調子の日本語で話していた。
男は皮手錠の鍵を外した。洗面台で手を洗わせられる。
「ねぇ、今度また果物を持ってきて欲しいの。たまには日本の食事だとか、チーズやお菓子だって食べたいわ。食べることしか楽しみがないんだもの」
勝手の分かってきた部屋の中でソファにどすんと腰掛ける。
沈黙。
「お菓子は中国のものじゃなくて、そうねぇ生クリームのたっぷり入ったシュークリームとか、ケーキとかチョコレートとか…ふん、どうせ聞いちゃいないんでしょう」
口元にスプーンが当てられる。
「自分で食べたいんだけど…、もう嫌なのそういうのは」
手を伸ばした。
けれど再び口元に当たるスプーンの感触。今度はなにやら入っていた。
「自分で食べたいんだったら」

声を荒げて手で器を探る。器はテーブルの上に無かった。
「自分で食べさせてよっ」
空腹と沈黙に仕方なく口をあける。
「あ~、お味噌汁が飲みたい、カレーが食べたい、お刺身が食べたい、シチューが食べたい」
私の口を塞いだものは、なかなか美味しいチャーハンだった。
「すき焼き、おでん、あったかいものが食べたい」
今度は水餃子が口に入った。口の中でとろりと崩れた水餃子もとても美味しかった。
それを噛み締めて飲み下す。それは私を懐柔しようとする味だった。
「こんなんじゃなくて、焼いた餃子が食べたいの」
大人しく食べさせてもらいながら、溢れてくる涙を止める事が出来ない。泣きながら詰まるのどに食べ物を送り込む。
「日本に帰りたい、外に出して頂戴」
スプーンにはチャーハン。
水餃子、チャーハン、水餃子…
「ねぇ、どうしたら出してもらえるのぉ?」
沈黙。私は口を開け噛み下し、飲み下し、ふて腐れて食べ終えるとまた泣き出す。何もかも男の思い通りにされることへのせめてもの抗議だ。
男は戸惑っている様子だった。それはなんとなく気配というものなのだけれど、次第に私は暗闇の中でも見る方法を見つけ出したのかもしれない。


突然男は出て行くとすぐに戻ってきてカサカサと音を立て、私のほうに向かってきた。何事かと思っていると、鼻先にバニラの香りがして、ぺろりと舌を出すと舌が生クリームに当たった。
「ケーキ!」
単純に私は喜んだ。男がケーキを口に運んでくれる。柔らかく、懐かしく、甘く、いつか夢に見たような味。
「美味しい!」
男のほうに顔を向けて笑ってみせる。嬉しかった。私の言うことをまるきり聞かないという訳でもないのだろうか。それともまた暴れだしたりしないようにとの判断なのか。
どちらにしても足掻いてみる価値はあった。
「美味しい」また微笑んだ。自然に笑顔が出てくる。
心なしか男も微笑んでいるような気がして、なぜだかそれが嬉しかった。

インスタントのコーヒーも用意してくれて、その久しぶりの苦さを私は楽しんだ。


改めていつものように入浴させられる。スポンジを使って身体を洗ったのは初回だけであとはずっと男の手の平で洗われて来た。私はこの入浴が彼にとっての倒錯した性交なのではないかと感じ始めていた。それがなぜなのかは分からなかったけれど。
とにかく昼間ずっと自慰をしていた、その熾火が私の中に残っていたようだ。
全身を洗われることはその日の私にとって愛撫そのものだった。
背中を洗われているときからいつもとは感触が違って、私は見えない眼を閉じていた。気のせいかいつもより男の手がゆっくりと動いているような気がする。胸を洗われた時には吐息をついてしまう。


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