【潜在意識考察】そもそも他人をコントロールしたい程に恐がって傷ついているあなたがいて。 | 神力8割!愛もお金も自由も全部まるごと望みのまま手に入れる

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そもそも他人をコントロールしたいと無意識にでも思っている底辺には「痛み」や「恐れ」や「怒り」があります。

「そもそもの部分」をきちんと終わらせてあげないと、いつまで経っても他人に怒りながら、他人に振り回されながら生きる時間ばかりが続きます。

引き寄せや潜在意識は「他人をコントロールする」ためにあるものではありませんし、紙に書いて叶えるものもそうですが「それをやりさえすれば魔法のように何かが変わる」というものでもありません。

紙に書いて誰かを自分の思うように操れてしまったらそもそも倫理に反しますよね。

そういうことではなくて、自分自身の「在り方」によって自分自身が関わる世界が変わりますから、自分自身の在り方が変わってしまうと自ずとその世界に居る「他人という登場人物」についても自分への言葉や態度が変化してしまう。ということです。

(どうにも表現上「変わる」という書き方になるからややこしいんだろうな。)

引き寄せって本人の「状態」によって引き寄るものが変わりますから、本人が不幸で不幸にしか目が向かなければ「不幸な状態を感じさせてくれる出来事」が引き寄ってきますし、本人が幸せで幸せなことにしか目が向かなければ「幸せな状態を感じさせてくれる出来事」が引き寄ってくるということです、めっちゃ簡単に言うと。

仮に自分自身を「いじめられて当然。雑に扱われて当然。」「私の居るこの世界は私に対していつも厳しくて優しくない。」と決めつけて、そう思い込んでいれば、他人の中に在る「そういう性質」に対して脳がフォーカスをします。

(脳がフォーカスをする=脳は見たいものを見たいように見るというやつ)

そうすると、他人の「その面を引き出す」ような言動・行動をあなたが取るということです。

自分自身が信じていて見たいものだけを見ている状態なので、この時お相手の事なんてまるで見ていません。

だから「何を聞かされても信じられない」となる。

自分のフレームの中にそれが無いから。

(恋愛によくある"試し行為"なんかがまさにこれ)

しかもこれは無意識に。

その結果、いつも嫌われて、大事にされなくて、ほったらかしにされて、きつくて厳しいことばかりが繰り返しになる。

自分自身がそんな態度を取っていたり、そう「言わせてしまう何か」を煽っていたり、そもそも「そういう人」を選んで自分に関わらせているから【そうなる】ということ。

これって完全に自分の中の問題であって「お相手の問題」ではないですよね。

他人がどうこうじゃなくて、他人と関わり合うときの自分自身の在り方が問題。

要するに自分をどのような存在と「決めつけている」か。です。


逆に言えば、ここを変えてしまえば途端に周囲が優しくなったように感じてしまうんですね。

(脳がフォーカスしているポイントを意識的にずらす=潜在意識の書き換え)

優しくなった【ように】感じたのは、あなたの問題で実は他人は元々優しい人だったんですよ。

それをあなたの中に在る「私という自分像」に沿って、優しくない人として自分に関わらせていた。ということです。

結局、自分自身が自分自身についてどんな風な思い込みや決めつけを持ったまま世界や他人と関わっているのか。

これをまず知ることが大事なんですね。

そしてその「決めつけ」を持つきっかけになったのは、過去の経験によるものでしかありません。

なので、その決めつけがあるために人生が辛かったり生きづらいものになっているのであれば、それはもうやめていいんですよ。

それはもうやめて、新しい物を取り込めばいいんです。



そして「自分が人をそうやって見ている」ということは、逆もまた然り。

結局「自分」という人間の評価って、他人の価値観によって簡単に左右されるものなんですよね。

例えば、わたしで言うと。

人によっては「朔さんはきつい」とか「朔さんはこわい」とか「朔さんは頭が良くてすごくはっきり物を言うから近寄りがたい」とかいろいろ言われるわけですよ。

会ったこともない人に。笑

そして、こうして言われる判断基準って「ブログの記事」というごく一部の狭い部分でしかなく。

(ごく狭い一部分のことを全体のように見てしまうモノなんですよね、人の脳って。)

けどこれは、その人の世界を創っている価値観を基準にしているに過ぎないことなんですね。

「はっきりモノを言う人はきつい人だ。」とか「頭が良い人は自分なんて相手をしてもらえない。」など、その人個人が生きてきた世界にいる【そういう人】の印象だったり、人物像だったりですよね。

分かりますかね、これ。

その人が生きてきた過程で経験した「はっきりモノを言う人と私の体験談」というフレームに「朔」という人を当て込んでいるだけ。

つまり「わたし(朔)個人そのもののことではない」わけです。

その人から見た、その人の「価値観というフィルター」を通った【朔さんという個人】に過ぎないわけです。

(だってそうですよね、普段のわたしがどんな様子かなんてみなさん知らないでしょ?苦笑)

その人個人の「はっきりモノを言う人と私の体験談」というフレームによっては、当たり前ですが、わたしのことを「きつい」と言う人ばかりではありませんからね。

わたしのことを「きつい」という第一印象を持つ人もいれば「はっきりとモノを言う人だけど優しい」という第一印象の人もいるわけで。

その人個人が「はっきりとモノを言う人」とどういう関わり合いをしてきて、何を体験してきたか。によって大きく評価が変わる。

(だからいちいち気にしてられない。本当のところが知りたければ実際に体験してみれば良いだけ。)

ここから潜在意識の書き換え的な面でちょっと面白いのが、例えば「はっきりモノを言う人はきつい人だ。」という思い込みや決めつけに対して「はっきりモノを言う人はキツイと思ってしまうけれど、その分誠実で自分に真っ直ぐ向き合ってくれたなあ。」という過去を「ああ、そうか。そんな事もあったなあ・・。」と、思い出せたら。

「朔さんははっきり言うし、正直きついと思っていたけれど、会ってみたら優しくて面白い人だった。」みたいな感じで「わたしの印象」が変わるんですよね。

もちろん、これ、コントロールされていません。

ただその人の「はっきりモノを言う人」に対しての感じ方や思い方が変わっただけです。

だから「他人を変えてもしょうがない」んです。

10人いれば10通りの世界があって価値観がありますから、それを全部網羅するのはそもそも不可能ですよね。

だから他人にどう言われるか、どう見られるかではなくて【私がどう生きたいのか】以外に大事な物なんてないんです。

「他人の評価」なんて何のアテにもならないもので、あなた自身の価値や評価を決めてしまわないで欲しいんですね。

特に子供の時ってそうですよね。

「親がこう言うから、私はこういう子」「先生がこう言ったら、私はこういう子」「クラスの子にこう言われたり、そうされたから、私はこういう子でそうされるだけの子」みたいな感じで、親や先生や周囲の人がくれた枠組みにそのまま入れられてしまう。

けれども、この時の親を含めた周囲の人間の精神状態(分かりやすく言えば機嫌)や環境如何によっては、正しい枠組みなんてもらえないんですよね。

同じようにお手伝いをして、親の機嫌が良ければただただ良い子になるし、機嫌が悪ければ「お手伝いをした」という事実ではなくて、お手伝いをしたうちの失敗を咎められて「要領が悪い」などと言われるし。

こんな風に不安定でいい加減なものなんです、人からの評価や見え方って。

事実を正しく判断してもらえなくて、歪められてしまうんですね。

さらには「同じことを同じようにしている」のに相手の機嫌如何で毎回ころころ評価を変えられると、子供は臨機応変に対応出来ないので混乱するんですよね。

それほどに曖昧でいい加減なものに100%あなた自身の大事な物を預けてしまう必要はなくてね。

あの人が「良い子だ」って言ったから【私は良い子】ではなくて、あなたがあなたを『私は良い子』だと思うからあなたは『良い子』なんですよ。

あの人が「出来る子だ」って言ったから【私は出来る子】ではなくて、あなたがあなたを『私は出来る子』だと思うからあなたは『出来る子』なんですよ。


誰かが今までたくさんあなたに「諦めろ、どうせ無理だから。出来っこないから。」「お前になんか無理だ。」と言ってきたかも知れない。

そしてそれを正直に真摯に受け止めてその誰かが言う通りの「私」をあなたは「私自身である」と思い込んで、その通りの人生を生きてきたかも知れない。

けれども、あなたがもらってしまった評価や判断の中に、今のあなたを生きづらくさせるものがあるのなら、それはばっさり切り捨てて構わない。


そして。

今のあなたの正しい自分像に伴った「これが私という"個"である。」という「あなた」をあなたにしてしまえばいいです。

自信も評価もなにもかも人から与えられるものでなくていいし、今の自分に合わなくて不要なものなのであればそれを大事に持ち続けることもない。

人から何かを認められるから「自信がある私」じゃない。

そんなことをしていたら人から認めてもらうための人生になる。

こうやって目に見えない何かを背負わされて、ずっと追わされて追いかけ続けるの、しんどいでしょう?

「自信がある私」として生きて、そうして世界と関わるから後付けで自信がやってくる。

好きな人の特別になれないから価値も意味も自信もない私として生きるのではなく、生まれて来て、今ここにこうして生きていることにまず自信を持てばいい。

あなたがあなたに「特別」として接するから、そのひたむきさに惹かれる人が現れて、あなたは誰かの特別になる。

そんなことは欲しい自信じゃないし、自信にならないよと言うかも知れないけれど、そうやって自分を認めないことが自分の手で自分の自信を奪っているに過ぎない。

なんてね。

きついことを書きましたが、条件付けばかりされて、ただ生まれて来たことに対して「ありがとう」と、言われてこなかったから自分自身が生存している「今」に対して自信が持てなくなっちゃったんですよね。

そもそも「そこ」なんです。

必要なことを与えられなくて、不要なものばかりを受け取らされて。

もともと奪われてきて、奪われるのが当たり前になってしまって、取り返すことさえできなくなって。

だったら「諦めた方が早い」「自信を持たない方が早い」となってしまっただけでね。

本当はそうじゃない。

そうじゃないんだ。ということに気付いて、そうじゃない方をもう選んで良いことに気付いて下さい。

そうやってあなたがあなたの「生きる道」をしっかりあなたの手で選んで欲しいんですね。

そのためにわたしが出来ることはこうした記事や、直接の場であるコンサルであなたをサポートすることです。

だから一緒にやっていきましょう。

あなただけの「幸せ」や「豊かさ」をこの世界で体現するために。





各コンサルメニューは土日開催です。

土曜日(日曜も可)でご都合の良い
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一緒に日程調整いたしましょう ホー

叶えるのも叶えないのもあなた次第。
たった今のあなたの選択次第で道が拓きますよ。

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See you next time!すまいる

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