中学2年生になった頃には
学校にも それなりに馴染み
新聞配達も続けていた
名古屋の新聞社事情は
中日新聞の独占だ
広告であるチラシも
他の新聞社の比ではない量が入る
他の新聞社も
読売 朝日 毎日と存在していたが
名古屋は中日新聞の独壇場だ
自分は その中日新聞で働いていた
毎朝 気持ち良く
学校へ行く前に
新聞配達で汗を流していた
学校では
部活には入っていなかったので
帰宅部だ
楽しみは映画鑑賞
部屋に
テレビと再生専用ビデオデッキ
を買って
ビデオレンタル屋で映画を借り
むさぼるように映画を観ていた
映画館には毎週末 通った
そんな映画漬けの中学生だった
後
ゲームにも はまっていた
シュミレーションゲームと
ロールプレイングゲームが
好きだった
新聞配達は
天気にも左右される
雨 風 雪 嵐 雷 台風
うだるような暑さ
凍てつく寒さ
関係無く配るのだ
毎日毎日毎日
自転車だったので本当に堪えた
それと
当時の休みは
月一の新聞の休刊日だけだ
月の中で一回こっきり一日だけ
今みたいに
交代で休む事はない
自分の配る地域は
自分が毎日 配るのだ
風邪でも休まない
学校は休んでも
新聞配達は休まない
勿論 土日もだ
それが当たり前だった
そんな中
ある おじさんと交流が在った
朝 人通りは存在しない
すれ違うのは
同業者のみ
「おはようございます」
「おはよう」
ある時
4階建てのマンションが在り
いつも そこで
読売新聞の おじさんとハチ合わせる
「おはようございます」
「おはよう」
おじさんは4階の部屋1つだけ
自分は10部屋以上は配る
1階で会う
おじさんに話し掛ける
「自分 入れときます」
「悪いね」
「ありがとう」
それが2,3回 在った時
おじさんが
「ここに いつも置いとくから
ここに あったらお願いしていい
予め置いとくから」
「了解しました」
「任せてください」
「ありがとうね」
そうして1000円を差し出される
「受け取れません」
「受け取ってよ」
「ジュース代だよ」
有り難く受け取る
「じゃヨロシク」
颯爽とバイクへ
50代くらいのパンチパーマの
ノーヘルメットで
いつもタバコを加えた
ヤクザみたいな おじさんだ
それからは
毎日 必ず
決まった場所に新聞がある
確実に入れる
どうでだからか毎日 必ずある
「うーん🤔」
疑問に思ったが まぁ良い
度々
おじさんが自分を
どっかで見掛けると
声がかかる
一緒に缶コーヒーを飲み
何故だか
お小遣いって1000円くれる
いつしか笑い合う中に(笑)
おじさんと中学生との
不思議な交流が
美しく確かに在った✨
自分は凄く楽しくて嬉しかったのを
今でも覚えている(*^^*)
又ある時
こんな事も在った
最後に配る
駅ビルに到着して
段取りと作業をして
駅長室に新聞を待っていき
いざ
20階以上のエレベーターに…
その時
始発電車に乗る
見掛けた事のある人物に…
中学校の女性教師と
一人の女生徒だ
女生徒は1年生の時の
同じクラスの娘だ
挨拶をする
「おはようございます」
「えぇ新聞配達してんの?」
「はい」
「先生達は どちらへ」
「これから県大会」
「新体操のね」
「そうですか」
「お気をつけて」
「ありがとう」
「頑張ってね」
「はい」
「じゃ」
別れる
内心 心臓バクバク(汗)
この同級生の女の子
この後 後日談として
何回も何回も何回も
自分に告白を試みる
いづれも ことごとく失敗
この優しく明るく可愛い女の子には
大変大変大変 悪い事をした…
反省m(_ _)m
少女の想いを無下にしてしまった…
言い訳だが
当時の自分は
同級生なんか
まるで見ていなかった
男も女も関係無い
女性は歳上しか興味が無い
幼い子供なんか眼中に無かった
自分もガキなんだけどね(笑)
かなり自分は周りとは違い異質で
大人びていたと想う
映画ばかり観ていたので
手本にするのは
映画の中の主人公
相手も自然とオトナの女性だ
この好意を寄せる女の子を
寄せ付けない態度 行為は
高校生まで続いた
今 想うと
自分が生まれてから
自分の中に居る護りの存在が
自分に女性を
寄せ付かせなかったと想う…
これは後に
幻聴(精霊)達から謝罪が在ったのだ
今は これを理解し納得している
自分で言うのもなんだが
若い頃は それなりにモテた
手本が映画の中の主人公なので
ある程度 解るだろう
歳上の人達と付き合い
男も女も関係無く
同級生から下は見向きもせず
そんな屈折した想いを持った
中学生だったのだ
次回も
新聞配達での出来事に付いて書こう
ではでは~
チャオ✨