真新しいブカブカの学生服に身を包み
未だ幼い少年は中学生になった
小学生の頃は髪は長かったが
中学生では坊主が規則
とても嫌だったが
坊主にするしかなかった
男は皆 坊主
女は皆 髪を短くするか結ぶかだ
この戦時中みたいな
習慣が残っていた中学校だった
そんな時代だ
先ず
全生徒
何かしらの部活に
入らなければ ならなかった
上級生に依る部活の勧誘が始まった
自分は
文化部ではなく
運動部に入るつもりでいた
何部かは まったく決めてなかった
そんな中
体育館で部活紹介があった
一通り見ている内に
男子バレーボール部の紹介があった
先輩達が
ダイビングレシーブを披露していた
自分は それまで
バレーボールを
まったく観る機会が無かった
なので
ダイビングレシーブに
衝撃を受けたのだ
男子バレーボール部に決めて
部室に行く
新入生は20人くらい居た
先輩達は皆 強面だ
その時は分からなかったが
男子バレーボール部は
学校一練習が厳しく
先輩達はツワモノだらけ
全てが厳しいので少数精鋭
3年生6人
2年生5人
だけだった
直ぐに解ったが
先輩達の顔付きが
たたずまいが
大人びていて
尋常ではないのだ
顧問の先生は
24歳くらいの日体大を出た
先生になって
未だ2年目の先生だった
ここの中学校の卒業生だ
勿論
大学まで
バレーボール一筋
学校一の不良の巣窟だった部を
引き締め
立て直し
少数精鋭の部にしたのだ
それと
先生はタバコを吸う
高校に行った卒業生が遊びに来るが
一緒になってタバコを吸っていた
部室の中でだ
部室の前でだ
そんな交流の光景が
当たり前に在る日常だった
新入生は20人は居たと思うが
直ぐに10人くらいに絞られる
練習がキツくてシンドいのだ
練習は とても厳しい
学校が ある時は
朝6時〜8時迄 朝練
学校生活を送り
15時〜19時迄 夕練
1年生なので雑務をやり
帰宅は20時だ
遅い時は21時を超えていた
そして
朝6時から朝練だ
学校の最後の見回りをする
教頭先生が
灯りが付いている体育館に
最後に来て
「早く帰れ」
「灯りは消せよ」
「俺は帰るぞ」
と言いに来るのが
慣例になっていた
体育館の戸締りはしないのだ
明けっ放しだ
朝一番に学校に来るのは
男子バレーボール部の1年生
どんな先生よりも
どうせ早いからだ
そう云う事なので
学校の門を
一日の最後に くぐるのも
いつも自分達だった
夏の大会が終わり
3年生が引退して
1,2年生に寄る
本格的な新チームの活動が始まった
夏休み
一日も部活の休みは無かった
朝から晩まで
練習漬けだ
ある時
午前中の練習が終わり
外の大回り
中学と隣の高校の周りを
午後の
13時〜19時過ぎ迄
ぶっ通しで
6時間以上走った
当時 練習中 水は飲めなかった
胃の中のモノを全て吐き
胃の中が空っぽになり
胃酸を道端で
何回も何回も吐き出していた
上級生も下級生も関係無く
炎天下の中
皆で励まし合って
なんとか走っていた…
歩くのは絶対に許されない
ゆっくりでも いいから走るのだ
歩いていたら
連帯責任になる
先生は初めは見に来ていたが
その内に姿が…
見かけなくなる…
先生は辺りが暗くなった
19時を回っても来ない…
先輩が職員室を見に行く
灯りがなく真っ暗闇
先生は どこにも居ない!
先生のスクーターも無い
帰ったのだ
先輩の許しを貰い…
家に帰る…
次の日
先生は
「忘れてた」
その一言だけだ
皆で
「大爆笑」
こんな事は
日常茶飯時だった(笑)
合宿もあった
早朝の初っ端から
1時間ぶっ続けの
基本の一対一のパス練習を
ミスなく1時間 続けるのだ
途切れたら
又 初めから…1時間
ミスしたら
又初めから…1時間
1時間 続けたら続けられたら
その2人は次の練習だ…
次も同じような基礎だ
基本
毎日 違う
1年生と2年生がペアを組む
そうして合宿の練習が始まる
そう云う基礎練習が午前
午後は体力作りだ
兎に角
基礎…基礎…基礎
そして
ダッシュ…ダッシュ…ダッシュ
走って…走って…走った…
永遠に…
兎に角
バレーボールの基礎は身に付いた
それと基礎体力が半端なく上がった
そうして
合宿を終える
普段の練習の中で
一番シンドかったのが
全ての練習を終えた後の
最後のスクワットだ
毎日 毎回 必ず行っていた
皆で円になって輪を作るのだ
全員の一体感と
絶対に やり遂げる
一人一人の覚悟の為だ
一人の脱落者も許されない
そして
毎日 行ったが
脱落者は
一回として出た事が無かったのだ
15人程 初めは居たので
一人 1〜99の数を大きな声で数え
100だけは
それぞれの回数を言うのだ
100,200,300,400,500,………だ
かかとを常に上げる
ヒンズースクワットを
人数分やるのだ
1500回!
だけど
1000回!が多かった!
時間の都合だ
1000回の時はホッとしていた
練習を終え
ヘロヘロ状態でスタート
皆で励まし合う
「未だ300だぞ」
「半分だぞ」
「もう少しだ」
「後100だ」
へばっている奴に
「皆シンドいんだぞ」
「お前だけじゃないんだ」
「頑張れ」
「自分に負けるな」
その内に
かかとを上げてない者が
一人でも居ると
連帯責任が課されるようになる
皆で
「かかとを上げろ」
と声を掛け合う
先生から
先輩から
「初めから数えろ」
「1からやり直しだ」
絶望に似た
憤りが辺りを支配する
何故だか
笑いも起こる
「なんで」
「なんでもだ」
一人の脱落者も許さない
先輩が先生が鼓舞する
「やるぞ」
「やってやる」
「負けるな」
「へこたれるな」
「止めてもいいんだぞ」
「クソが」
そうして
初めから やり直し
途中
皆 続けるのを諦めかけるが
先生から声が飛ぶ
「良いんだぞ 止めても」
「ふざけるな」
「やめん」
声を掛け合い
皆で皆を鼓舞して
「ふざけんじゃねー」
と怒号が飛び交う
やり続ける
終わりが近づき
その内に
最後の一人が
「95,96,97.98,99,99,99,99,99………」
「ふざけるな」
「まだまだだ」
「ふざけるんじゃねー」
「クソー」
「まだまだ」
最後の人間は
99を繰り返して繰り返して
最後の1000を やっと言うのだ
怒りと笑いが同時に全体を包む
そして
終わりを迎える
皆ズタズタで
その場で倒れ くたばって くたばる
ヒンズースクワットなので
30分では終わらない
ゆっくりなので
なんだかんだで
1時間以上だ
たまに
先生も参加する
上の お遊びは先生に因るものだ
強烈だったのが
先生が
99を永遠と言った後
1と言った!
大爆発の大大大 大爆笑が起こった
勿論
終わりだ(笑)
いつも先生はスクワット間に
近くの商店で
瓶のジュースを
ケースで人数分 買ってくる
それをスクワットの後で
皆で飲むのだ
ショーシャンクの映画のように
美しく素晴らしい光景となって
皆で騒いで はしゃぐ
一瞬の輝きが そこには在った
今 想うと…
唯一無二の瞬間だ
練習中は水分が
まったく飲めないので
そのジュースが
超絶に上手いのだ
最後に水を全身に浴び
帰宅の途に着いていた
なんとか食らいついて
仲間と共に
頑張る日々を送っていたが…
先輩に依る叱咤激励が
毎日のように常に待っていた…
意味もなく殴る蹴るは当たり前
そんな部だった
先生も2年生に対して
殴る蹴るは当たり前
ある時
とある事件で
先生は
怒りに怒り狂い
体育館で2年生を
殴りに殴り蹴りに蹴り
体育館の床を血の海に染めた…
先輩達の顔は
青くなり血が流れ腫れ上がっている
ポトリポトリと…
ダラダラと…
血が そこら中に…
散らばった血の痕跡と云う痕跡を
拭いて掃除するのが大変だった…
誰かに見つかったら大変だからだ
その後
その先生は
地方に飛ばされる
保護者からはクレームだらけ
当たり前だ
しかし
今は母校に戻り
後に
甥っ子の担任の先生になったのだ
凄く凄く凄く
まともな先生になった模様だ(笑)
今は引退 間近かな?
甥っ子と共に
とんでもなく
お世話になった先生だ
感謝しかないm(_ _)m
1年生同士 励まし合っていたが…
次々に辞めていき…
夏休みが終わる頃には
とうとう10人くらいから6人に…
バレーボールは
6人で やるスポーツだが
新人戦が冬にある…
ギリギリだ…
兎に角
2年生5人と1年生6人しか居ないが
とてもとてもチームは強かった
他校に練習試合に行くと
相手は30人〜50人
此方は11人だ
自分は1年生でレギュラーだったが
そうそう試合で負けなかった
先生の知り合いの高校に行き
高校生とも練習していた
高校生の中に混じっても
自分達は
互角に練習して負けてなかったのだ
自分達はサーブが武器だった
11人しか居ないので
自主練でも
サーブの練習が仕放題だ
一人一人 違う
サーブの武器を身に着けた
ああでもない
こうでもない
と意見を出し合う
回転を掛けるサーブ
回転を掛けない無回転のサーブ
縦に横に曲がるサーブ
揺れて落ちるサーブ
速いサーブ
ゆっくりのサーブ
サーブラインの
前方からのサーブ
後方からのサーブ
遥か後方からのサーブ
自分は
サーブライン前方ギリギリから
ネットを越え
アタックラインの手前側に落とす
サーブを身に着けた
揺れて落ちるのは度外視しての
ゆっくりの
無回転の
コントロールサーブを
ネット際に落とすサーブを武器にした
他の5人は
強烈なスピードの
縦回転の弾丸サーブ
や
サーブラインの遥か後方から
猛烈なスピードで
矢のように手からボールが放たれて
真っ直ぐ伸びて行き
無回転で
急激に
揺れに揺れて突然 落ちるサーブ
等
その中での
自分のサーブは
かなり有効だったのだ
一番 技術は要らなかったが…(笑)
ある時
超絶に上手い
先輩セッターのサーブだけで
全ての得点が入り
試合が終わった…
相手チームは面を食らい
自分達は笑うしかない
そんな試合が在った(笑)
この頃の自分達は
少年の顔から明らかに変化していた
凛々しくなり
逞しくなり
勇ましくなり
精悍な顔付きに!
眼光の鋭さも尋常じゃない
戦時中の少年兵のような顔付きに
明らかに変貌していた
身体も皆ボクサーみたいな身体付きだ
何故 今の子は幼く見えるのか?
明らかに厳しさが足りない
周りの大人達が
厳しい環境を与えてないのだ
自分達は厳しかったのにだ
だから
大人になるまで
大人になってからも
本当の厳しさを知らない…
哀しいことなのだ…
嘆かわしい…
なので
今は
高校生でも大学生でも
小さな子供の顔をしている
大人でもだ
そう云う自分も
今では優しい顔をしている
昔の大人達は
鋭いギラギラの
眼光を放ってた人ばかりだった
皆 それを知っているはずなのだ
明らかに自分を含めた
今の大人達の問題だ!
勉学に付いても少し書いて置こう
塾に通っていた
19時〜21時だ
塾の日は
部活の練習を
途中で止めて帰れるから
嬉しかった
しかし
塾も甘くない
居残りがあり
22時〜23時の帰宅は
当たり前だった
その代わり
宿題は無かった
当時
塾なので当たり前だと思っていたが
当たり前じゃない
中学生である我々の生活に
塾側が配慮してくれていたのだ
当時の学校や塾の先生達も
時間外労働は当たり前だ
その時間の先生達の賃金は出ない
そんな時代だ
学校の勉強も
自分は授業中だけだった
その代わり
その時間
真剣に先生の話に耳を傾け
必死にノートを取る
集中力も尋常じゃなかった
勉強は只々
それだけだ
宿題は休み時間にする
家に勉強を持ち込まなかった
そんな時間は無いのだ
家は
飯と風呂と寝るだけ
テレビや音楽も
この頃は皆無
完全に世間の情報は一切 存在しない
家では
一切の勉強をしない
試験勉強も一切しない
高校受験の時も一切しなかった
家の勉強机に
座った記憶は存在しない
勉強は
学校の授業中と塾の時間だけだ
その代わり
その時間の集中力は
半端なく異常だった
そんな勉強方法で
中学1年生の時は
クラスでは一番
学年では10位くらいの成績だった
通知表はオール5に近かったのだ
そんな最中
引っ越しの話が…
父親の転勤だ!
野田から名古屋だ!
冬休みにだ!
次に続く…
ではでは~
チャオ✨