この言霊は

5年くらい前に書いたものだ


当時

この世界の社会全体に対して

とても違和感が在った

今でもだ…


太古の昔から在る

責任逃れの法則が在る

1の責任を2が

2の責任を3が

3の責任を4が

4の責任を5が

5の責任を1が

数が10や100あれば尚更良い

この責任の無限ループを

責任だけに限らず

どんな場合でも

使っている世の中に

怒りを感じざる得なかった


当たり前だけど

自分の責任は自分

全ての自分と云う皆が

自分の責任を自分で負えば

完結するのである

他者のモノを負う必要が無くなる


このネズミ講は

血の世界も一緒だ


親のモノを子が負う

子のモノを その子の子(孫)が負う

天辺の親は いずれ亡くなる

そうすると その親の子が親になる


死んだ後の世界も一緒だ

自分が一番下になり

上にはピラミッドがある


血の世界は

アホみたいなネズミ講なのだ


誰かが

自分の上のモノを全て負い

同時に自分のモノと

下のモノを全て負う

それを行えば

一人一人が

自分のモノだけを

自分が負う世界になる

そこの世界だけは…


根本的に本質的に

ネズミ講から抜け出せるのである


この宇宙全体の世界から

地球上の社会全体構造

人間の人体のミクロ世界

まで

ありとあらゆるモノ

全てが

ネズミ講だ!


我々は お金を得て生活をしている

その構造は ぐるぐる回している

ネズミ講だ!


何かを作り

それを売り

お金に変える

そのお金で何かを買う

そして

又 何かを作る


時間と労力を使い

何かを生み出す

その対価に

お金を貰う

そして

お金で何かを買い

生活する


只の

ぐるぐる回る

ネズミ講だ!


我々の

宇宙世界

地球世界

命の世界

人間の世界

人体の世界

血の世界

お金の世界

その他

ありとあらゆる

全ての世界の

構造と云う構造が

ネズミ講なのだ!


この世の中に

このネズミ講の構造から

外れるモノは存在しない


構造の原理だ!


ここでは

構造だけに触れておく…


本題に入ろう


言霊


「本質」


何?

何でも!

何でもは自分で!!


何でも一理有り

何でも良いのだ


その代わり

他者を使うな

他のモノを使うな

自分自身を使え


例え

相手が神でも仏でも

相手を使うんじゃない

相手は迷惑だ

相手は迷惑じゃなくても

自分自身は許せるのか?


自分の責任は自分で負わないと

自分の全ては自分が負わないと


失敗すると誰のせい?

成功すると誰の手柄?


全ては自分で有るべきだ!


fin


解説


人として

人間として

一人前になるとは

己のモノを全て己が負う


この大前提だ


親も子も関係が無い

人生を自分の足で歩き出したら

この美しいだけじゃない

醜い世界に放り出すのだ

一人の人間として

自らの責任を自らが負う

それを

させないから

しないから

可笑しくなるのだ


自分と云う人間が

今 在るのは

それが在ったからでしょ


一人の人間としての自由が在るならば

一人の人間としての責任が生まれる


当たり前だ


人間としての

本質とは

相手が居て

周りが居て

自分が成り立つではなく


一人の人間として

自分だけが居て

成り立たせないと いけないはずだ


命の世界は全て そうなっている

人間だけが

皆で

支え合って

助け合って

ふざけるんじゃない💢

有り得ないんだけど💢

人間だけが特別

自分達だけが許される

アホか💢

全ての命は

そう出来ている


弱いモノが弾かれるのは

命の淘汰として

当たり前


何を勘違いして

今の世の中が動いているのか

可笑しすぎる

ちゃんちゃらおかしい


世の中は決して甘くない

絶対に甘くはならない世の中なのに

甘くして どうする?


end


敢えて

厳しい言葉を書いた

厳しい言葉を書く人が居ないからだ…

ご了承をm(_ _)m


次は「中学生期」を書こうと思う


ではでは~

チャオ✨