そして本作が珍盤と呼ばれるその最大の理由は、サブー自身がジャズのカテゴリーに入らないのを物語る様に内容自体もジャズとは言えないからに尽きる。
スイングジャーナルの別冊「新・世界ジャズ人名事典」にもキャリアが記載されていないサブーこと”SABU” L MARTINEZは1930年生まれのラテン パーカッション プレイヤーだが、ジャズ、とりわけアート ブレイキーを中心としたハードバップ好きにはお馴染みの名前であろう。ブレイキーとサブーはよほど気が合ったと見えて、2人が共演したアルバムはちょっと思い出しただけでホレス シルバー名義の「スポットライト オン ドラムス」、ケニー ドーハムの「アフロ キューバン」、アート ブレイキーの「ドラム組曲」「CU-BOP」そして「オージー イン リズム」などが思い浮かぶ。これだけあれば親友と呼んでも差し支えないのではないだろうか。
しかし、そんなサブーが唯一リーダーとなった「パロ コンゴ」にはアート ブレイキーは参加していない。それどころかドラムもいない。ここに参加しているのはベースと2人のヴォーカルを除いた5人のラテンパーカッション奏者で、しかも内ギターとヴォーカルも担当するのがラテン音楽では名高いアルセニオ ロドリゲスである。
そして本作にはブルーノートが制作し続けた所謂「ジャズ」とはほとんど共通点はない。レコード屋の主人になった気で本作をジャンル分けすると、恐らくほとんどの者が「ラテン音楽」もしくは「ワールド ミュージック」の棚に陳列するのではないだろうか。やはりブルーノート一番の大珍盤は本作にとどめを指すということか。
しかし、ここでまた僕の悪い癖がやはり頭によぎって来る。果たしてそうだろうか?と。
本作は確かにジャズではなくラテン音楽だ。したがってジャズ専門のブルーノートらしくはない。しかしこのブルーノートをアルフレッド ライオンに置き換えてみたらどうだろうか?そう考えてみると僕はこのサブーの「パロ コンゴ」は他のライオン制作の作品と何ら変わらない位ライオンらしい作品に感じてしまう。というのはライオンというのは一旦気に入ったプレイヤーに会えば、セールスは度外視してとことん深くつき合う人物だからだ。そして出来る限りそのプレイヤーの演りたい形で最良の作品を制作する。時にはその熱の入れ方の極端さが人々の失笑を買うこともあったほどだ。
アート ブレイキーの親友でありお気に入りであったサブーは、この時ライオンにとっても最も魅力的に映ったプレイヤーであったのだろう。したがってサブーのリーダーアルバムをサブーの演りたい様に演らせてあげたくなった。しかしアート ブレイキーを加入させれば、他のセッションと大して変わり映えはしないし、第一この1月前には問題の大作「オージー イン リズム」を録ったばかりだ。そこでライオンとサブーのどちらが言い出したのかは知らないが、何かサブーのリーダーならではのアイデアとして思いついたのが、この際とことんジャズから離れた作品を作るという事だったのではないか、と僕は睨んでいる。
もう一つはサブー自身は間違いなく中南米系の血を引いてはいるが、彼の生まれはアメリカ合衆国。つまりセロニアス モンクやホレス シルバーやアート ブレイキーやルー ドナルドソンと一緒のれっきとしたアメリカ人だ。普通にライオンの近辺でうろついていたアメリカ人なのだ。だからライオンは他プレイヤーと同じ様にアメリカのプレイヤーでレコードを制作したにすぎないのである。我々日本人はこのあたりを勘違いしているため本作を珍盤という特別なものに当てはめようとするのだろう。ちなみに本作を聴いた当時の日本のジャズファンはアルセニオ ロドリゲスの名を知らず、ラテン音楽のファンはジャズのレーベルから出たレコードにロドリゲスが加わっているのを知らなかったという。どちらも素晴らしい音楽なのに、お互いの音楽性を認めず楽しめずジャンル別に分類する事ばかり考えていると、いかに損をするかという教えであると思う。
「パロ コンゴ」はニューヨークに暮らすライオンにとって普通に心ときめいた音楽を記録したもの。そう考えると本作のテンションが「アフロ キューバン」と何ら変わっている気はしないし、 「EL CUMBANCHERO」がハードバップの爽快感を持って、「PHAPSODIA DEL MARAVILLOSO」におけるアルセニオ ロドリゲスのギター演奏がホレスやルーのブルーズと似通っている様に感じるのは僕だけか。
その上、アルバム全体を覆うラテン音楽特有の心地良さは、夏の砂浜に寝っころがっていつまでもいつまでも音に酔いしれていたいと心底願ってしまいたくなる。この+αはブルーノートの珍盤うんぬんというより最良の特典と見なした方が得というものだ。
そして果てしなくディープで生々しい音の洪水に呑み込まれる、その喜びは季節を問わず何ものにも代え難い。
