でも流石に歴史的だけあって、このレコードでいえばA面にあたる演奏については、さんざん語られておりますので、今日は反対にあまり話題になる事がないB面のセッションについて語ってみたいと思います。
マイルスが自分のバンドを持ったのは1955年。その前は約4年半にもおよぶ麻薬漬けの生活をおくっていたのは誰もが知るところ。
このセッションはその麻薬地獄からようやく脱出した54年6月に行われたもの。健康をとりもどして、やりたい事が出来る喜びがこちらにも伝わってきそうな晴れ晴れしさが感じられます。
しかし注目したいのはその参加メンバー。ソニーロリンズにホレスシルバー、パーシーヒース、ケニークラークというモダンジャズを支えた強者ばかりで固められた人選はマイルス自叙伝によれば、はっきりとこのメンバーでレギュラーグループを結成したいと考えていたもの。事実ここではスタンダード曲は一曲のみで、あとは「エアジン」「オレオ」「ドキシー」というロリンズのオリジナル曲で構成されていて、そのアレンジを聴いても、それまでの単なるジャムセッションとは違ったバンドサウンドを意識したものであるのは明らか。特に切れ味抜群の「オレオ」はお見事としか言いようがない。またマイルス本人だけではなく参加メンバーの全員がケチのつけようがない素晴らしいプレイに終始しているのも特徴。つまりこれは54年のマイルスにとって、夢がひとつ叶った演奏であった事になる。
しかしいくらマイルスであっても物事はそうは上手く運ばないのが世の現実。この地点でホレスはアートブレイキーとメッセンジャーズを、パーシーとケニーはMJQを結成する話が決まってしまっていた。おまけにロリンズはこの後謎の雲隠れをしてしまっているといった有り様。自業自得とはいえ麻薬に漬かっていた時期があまりにも痛かったという事か。自叙伝ではこのメンバーとグループを作れないと知って落ち込んだとある。まあそうでしょう。このサウンドを聴いたらほんと気持ちわかります。
