今回の旅に名前をつけるなら


生きる理由を探す旅」 でした。




僕にとって

本当に探していたのは


日本一周という記録でも
ヒッチハイクという手段でも
人々の夢でも
数々の写真たちでもなくて


「本質」、


そう言われるものだったんだろう。


旅の途中から、
ある質問がずっとずっと離れなかった。



「オマエにとって、
本当の本当ってなんだ?」
(´・ω・`)



その答えがずっとわからなくて

海や空を眺めながら考えてみたりした。


何度も何度も「俺ノート」と向き合い

言葉にしてみたり

抽象画にしてみたり

彩りをつけてみたり


バカみたいに自分に問答をし続けた。
(´・ω・`)which are u?



俺の生きる理由ってなんだ?


本当の本当にやりたいことってなんだ?


命を懸けられるほど大切なものってなんだ?


俺が俺の生に対して望むものはなんだ?



そんな悶々とした、
だけど強く「生きる」ために必要な答えを。

(-"-;)ウヌ…


その中でも
一番根本(ルーツ)にあるもの、

「生きる理由」がひとつだけ分かったような気がしたんだ



それはひょんなことから…。




「ただ泣いて笑って過ごす日々に


隣に立っていれることで

僕が生きる意味になって

君と生きる意味になって…」




そう、
ご存知のとおり
"愛唄"です ドキドキ


当たり前のように聴いていた歌だけど、
今回の俺にはすごく新鮮に響いて、


だから
こんなひとつの仮説が生まれました




"愛する人の存在が

俺の生きる意味になる"




…そぉか、愛 ラブラブ

…ん?

でも誰だ?

大好きで、大好きで、
この身よりも愛おしい人って誰だ?

(´・ω・`)?
(女性限定。笑)


(´・ω・`)………。


(-"-;)……。


(_ _).oO……。



わからんッ笑
(屮°□°)屮



つーわけで、

拓也、

「恋」っつーものをしてみようと想いました笑


本気で好きだって、

一生を添い遂げようって、


心から「愛してる」って
言える女性を探してみようと想います



だってさ、

自分の中に存在する

世界平和も
自身の幸せも

理由のひとつではあるにしろ
まだ少し弱いから



自分より大切な人を

自分より護りたい存在を

見つけることで

僕の生きる意味としよう。


だから、

それまで

「探す旅」を続けよう


少しずつではありますが、

拓也の生きる方向、

生き方というものがまたひとつ見えてきました


俺は、

とりあえず

そんな感じでいきます
(*´∀`)人(´∀`*)



心配なさらずに

拓也は、
今日も風に吹かれてゆらゆらと生きとります


準日本一周終わり間際
松山にて


祭りの後。

福岡の街の懐かしい雰囲気を感じながら

実はちょっと


寂しくなったりしていた。



Loftの8階から天神の街を見下ろして

いろんなことを想い出して





「ここは想い出が多すぎるな・・・」



そんなことを呟きながら。



バカ笑いしたことも

ガン泣きしたことも

本気で立ち向かったことも

全力で逃げたことも。


空にさまざまな映像を浮かべては
うまく笑えず苦笑していた。




川辺で話しながら

ふと、ある人からの言葉を思い出した。



「たくはあたしのこと好き?嫌い?」



そのとき俺は笑っていたけど

なんだか今は最もふさわしい言葉が見つかった気がした。



「 好きとか、嫌いとか

 そんなんを通り越して

    "大切"なんだ。 」



その感情はきっと

俺が今まで”親友”とか”仲間”とか

なんだか言い表しがたかった「それ」を写していたんだろうと想う。





「おまえってさ、自分のことあんま語らないよな。」


そうダチが言うから

俺はこんな言葉を返した。


「俺は・・・。

 いつもその瞬間に感じたことを言葉にしてるだけ。

 何にも用意してないからさ」



そう答えた瞬間、ある言葉が横切った。




”生きるとは、日々告白していくことだろう”
by尾崎豊





そう。 告白。


なんにも隠さなくていいオマエと。

無理にテンションをあげなくていいオレで。



投げつけるんじゃなくて

隣にコトンと置くような言葉。


キャッチボールじゃなくて

そっと風に乗せるような言葉。




そんな自然でいられるとき

紡がれる言葉を”告白”というんだろう。






そう気付いて見上げた空は、


バカみたいに青かった。



雲ひとつなく、朝日に輝くソレは

バカみたいに青くて

理屈じゃなくて半端なく美しかった。








気分が雨だった昨日も

太陽の光によって晴れだしてきた。



惜しもう。


そして、


告白していこう。


大切な人を想いながら。




そんな気持ちで
残りの日を過ごそうと感じた

旅立ちを控えた拓也でしたクローバー

「天才には果たすべき義務がある。」




ある医療マンガの中にこんなセリフがあった。



名医といえば、医療に携わる人々の多くがその人に憧れるだろう。


アートの世界でいえば、多くが巨匠と呼ばれる芸術家に憧れるだろう。



そして、それはタレントにしろ歌手にしろ作家にしろ、


人は”憧れる存在”、


つまり、



「HERO」をもっている。



僕にとってのヒーローは、坂本龍馬先輩である。


僕も実際、


「あんな風な人になろう…!!」と日々自分を磨いている。




ただ、そう過ごしながら時々想う。




「ほんとに俺は今のこんな状況でいいのかッ!!!?」



そう、


僕はヒーローを自分自身に投影し、龍馬のような人であろうとするが故に


葛藤したり、苦しんだりするときもあるのだ。



”憧れ”という存在は、


全くもって美しいものだけ、をくれるわけじゃない。



実際にやってみて経験するもんだ、


苦しい、辛い、悲しい、シンドい、ウザい、情けない、どうせ俺なんて、etc…



そのうちこんなことまで言い出す、



「あ~あ。すごいな、あの人たちは。


 あの人が○○歳のときはすでに○○なことしてたのにな~~。」




↑↑

コレ、以前の俺。


でも、気付いちゃった♪





ちゃうねんって。



あの人たちは、


”100mを2秒で走れるだけ。”




俺は?


俺、100m走れるか?


…走れるわぁ、そんなもんッ!!!!


ってゆーか誰でもそんくらいできるやろッ!!!!





そう。



誰でも100m走ることはできるんだ。




何秒かかってもいい。



10秒でも、100秒でも。


1時間かかっても、1年間かかってもえぇねん。



それでも、



誰でも100mは走れる。




ただ、ちょっと。


人と速さが違うだけ。



ただ、ちょっと。


人よりゆっくりなだけ。




”それ”は「ダメ」でも「才能ない」でも「無理」でもなくて。




普通なら普通でえぇ、

できるやり方でたどり着けばえぇねんッ




そーゆーことなんだと、僕は想う。



憧れる存在が輝きすぎてるから、


下手に自分と比べて勝手に落ち込んだり自己嫌悪になったりするけど。



んなもの必要ないんだ。




ただ、途中でやめなきゃいいんだ。


ただ、途中で放り出して諦めなきゃいいんだ。




馬鹿は馬鹿なりに、


支え合ってでも二人三脚でも


諦めずに100m歩けばいいんだよッ





”スゴイ誰か”と比べて悩む必要なんてない。



自分の「一歩」を踏みしめて。



ゆっくりでもひとつずつ、進んでいこうよ。







100mは、誰でも走れるから。