1995年(平成7年)3月20日8時頃、都心を走る地下鉄で猛毒化学品『サリン』をばら撒かれ、多くの犠牲者が出ました。

当時はサリンと分からず、また対処法が分かっても何千人にも上る被害者を収納する病院が無くて大混乱ました。

私も中央大学法学部(八王子市)に居たので、当時のことはよく覚えています。

後に「オウムへの強制捜査(数々の超極悪犯罪)から眼を背ける為に信者が仕組んだ」とされましたが、実際には「信者意外は抹殺(ポア)されても仕方ない」という発想から行動に移ったとも言われています。

オウムの犯罪はこちらにまとめてありますオウム真理教の犯罪

イケメンの上祐史浩氏がカッコイイとか言って追っかけるバカアホな若い女性を「上祐ギャル」と揶揄しましたが、アレは本当に腹が立ちました。
殺人集団に手を貸した人間をヒーローの如く取り上げるとは・・


当時のドキュメント映像(アメリカのテレビ)を御覧下さい。