この試合は原辰徳&呂明賜&吉村禎章の3ホーマーで8回表の中日の攻撃の時点で「8VS1」と大量リード!
しかも、吉村選手が通算100号ホームランを放った試合でもありました。
しかし、悲劇が吉村選手を襲います。
8回表、ガリクソン(巨人)投手の投球を打ち返した中尾孝義(中日)の打球が左中間へ!
それを獲ろうとレフトの吉村選手とセンターの栄村選手が打球の落下点目がけて猛ダッシュ!
その結果、吉村選手の体前方に栄村選手が正面からタックルの状態で突っ込み、二人はその場に倒れこみました。
中尾選手の打球は吉村選手が抑えていたので、「アウト」とはなりましたが、その後担架で運ばれる吉村選手を見て、「大したケガじゃないんじゃないか?」と思っていたら、『アキレス腱断裂』という選手寿命に関わる重傷でした。
吉村選手は2年後の平成2年に完全復帰し、引退まで主に左の代打(長打力のある)&準レギュラーとして活躍しました。
しかし、ケガさえなかったら「原辰徳&吉村禎章」で史上最強の「4番&5番コンビ」を組んで、巨人に貢献し続けたでしょう。
打撃センスでは原辰徳より吉村禎章のほうが上とまで言われていましたからね。
晩年は守備・走塁も一層衰え、「パリーグにトレードに出してやった方がいいんじゃないのか?その方がDHもあるし、彼の活躍も期待出来るから」と私はずっと思っていました。
あのまま巨人にいたのは本人の意思でしょうが、パリーグのチームに吉村選手が移籍していたら、もっともっと活躍出来たかもしれません。
球界を代表する名打者門田博光さんも「俺はDHがあるから長年野球をやれた」と言われていました。
吉村選手も門田さんには及ばないにしても、パリーグでDHなら十分巨人以上の成績を残せたと私は思っています。
一方栄村選手はその後はあまり一軍に起用される事も無く、オリックスにトレードされ、殆ど一軍の試合に出ないまま、平成3年オフに現役引退をしました。
私はあの事故が悔しい思い出となって残っています。
それは「吉村禎章、栄村忠広という若き二人の持てる才能が開花せずに終わった」からです。
俊足・巧打・上手い守備で定評のあった栄村忠広、一方30本以上打てる長打力を持ち、勝負強さも兼ね合わせ、ミートも上手い「三冠王も有り得た打者」吉村禎章・・・
巨人ファンでなくとも、今の30代以上の方ならあの事故&この選手たちについて良く覚えておられると思います。
本当に悔しい事故でした。