私が守山高校に在籍していたのは昭和61年(1986年)4月~平成元年(1989年)3月迄。
但し、授業は平成元年1月で全て終わり、2月は受験生が殆どの為に卒業式絡み、その他進学絡みでない限りは登校しなくてもOKだったのです。
中学からは「2クラス合同」で体育をやっていました。
それは中学からは男女別々で体育の授業をやる為&2クラス合同だとちょうど1クラス分の人数が集まるからです。
守山高校では1年~3年までのうち、必要なものは出来るだけ1,2年の内に終わらせ、3年になったら決められた授業以外は好きなことをやらせる(体育の授業に於いて)という方針でした。
で、特に2年&3年の時はその割合が多く、「体育館の場合=バレーボールorバスケットボール」「グラウンドの場合=ほぼ100%サッカー(極たまにソフトボールでしたが)。」となっていました。
サッカーの割合が多かったのは当時の守山高校(’80年代半ば~後半)のサッカー部は滋賀県下でもトップクラスで全国大会の常連高校でもあったほど、校内でのサッカー熱が強かったのです。
(因みに私はあのサッカー元日本代表のDFの井原正巳さんの3年後輩です
)
で、「恐怖のキーパー体験」というのは・・・
普通はサッカーというと「サッカーボール一つ」で行うのですが、2クラスの男子が合同で試合をやるとなるとほぼ「20人vs20人」になり、ボールに関われる人間が限られるので、体育の先生の方針により「サッカーの試合は『サッカーボール2つで行う』」という特別ルールのもとで行われていました。
私は運動オンチなので小学校時代からほぼ100%ゴールキーパー。
なので、守山高校でも必然的にゴールキーパー![]()
(因みに私は一度もサッカー部に入ったことがありません)
中学までのキーパーというのは比較的楽でした。
と言うのも、そんなにサッカーが上手い人が多かった訳ではないので、普通にしていれば受けられるシュートが多かったからです。
ところが、守山高校は違います。
サッカー部が全国レベルで、サッカー好きが多く、中には中学までサッカー部だった人までいると言う・・・そんな学校です。
ですから、相手も所謂『ガチンコ』で勝負してきますので、小学校や中学校の時みたいに手を抜けません。
試合が始まると、2個のボールが彼方此方に散らばって、時折シュートが打たれる・・・
この辺まではまぁ楽と言うか、恐怖を味わったこともそんなにありません。
問題はこの後ですわ。
試合開始(試合はハーフが45分)から暫くすると、キーパーから見て遠くの方に人の塊が3,4個、酷い時には5個位見えるんですね。
最初は「何だろう?」って思っていたのですが、スグにそれが何か分かりました。
それらの塊は全て「ボールをキープしている仲間の集団」なのです。
何故3~5個もの塊があるのかと言うと、「ボール2個では物足らない、グランド広いから」という理由で、サッカー部の部室や、グランド周辺に転がっていたボールを誰か(どう考えてもサッカー部の奴らやと思いますが)が勝手に試合に持ってきて、勝手にそのボールで攻めてくるのです。
「サッカーボール5個で試合をする」・・・・どれだけ恐ろしいかお分かりでしょうか???
私は正直怖くなりましたが、キーパーゆえ、逃げる訳には行きません。
「一度にボール3個のシュート攻撃」を受けた事もあります。
その際は「1個がゴールの後ろへそれ」、「1個は私がカットし」、「もう1個は見事ゴールイン!」という結果に終わりました。
こういう「複数のボールーでの集中攻撃」、しかもサッカー部員のシュートは半端な物じゃないですから、本当に怖かったです。
ゴール前の接触プレーで右足首捻挫、右足親指付け根骨折した事もありましたねぇ![]()
その時に転倒したのですが、敵の選手からは「おい○○(←私の名前)、いつまで横になっているねん!はよ起きろや!」って急かされました(苦笑)。
私が激痛で苦しんでいると言うのにさ・・・
その時はまだ自分が「捻挫・骨折」なんて分かりませんでした。
この時は家に帰ってからそういう事実(捻挫、骨折)が分かったので、学校側には言わず、全部自腹で治療しました。
(体育の授業でのケガの場合、その場で学校側に申請しないと認めてもらえないので私の場合はダメでした)
サッカーの授業で怪我したとも言えず、友人には「ちょっと足首捻っただけだよ」って誤魔化していましたけどね。
(本来ならギブス固定&松葉杖必要のはずが・・・)
そんな私もサッカー大好き。
またあんなサッカーやってみたくなりました。
皆さんサッカーやスポーツの恐怖体験ありますか?
(場合によっては今後のブログのネタの参考にさせていただきます。勿論事前報告はしますよ。)
以上、守山高校での恐怖体験でしたm(__)m
(追記)
何度か松田保先生(当時のサッカー部監督)にご指導頂きましたが、その際「○○(←私の名前)、キーパーがボールを怖がってたらあかんぞ!どんな球でも止めに行く!って言う気持ちでないとあかん。皆はお前を信用して(敵地へ)攻めて行くわけだから。」と諭されました。
また松田先生は「どんなに(体育・運動)が下手でも構わん。一生懸命に頑張ったら成績表に「5」か「6」(当時の守山高校の成績表は「10段階評価」でした)つける。だからお前も懸命にがんばれや!」って励まして下さいました。
彼のおかげで私はスポーツオンチながらスポーツ大好きになりました。
松田保先生、ありがとう!