まず病気について調べてここに辿り着いてしまった皆様

 

申し訳ございません。勝手につけてしまった名前なのでおそらくご期待には添えません。

 

 

自己肯定感とは、自分が大好きというただ一通りの考え方で構成されているものとは思えません。

 

 

好きなアイドル

好きな女優さん

好きなアーティスト

ほんのり好きな男性アーティスト

 

私はこの4つの1番上に自分が入ります。

 

今日までの自己分析の結果、

 

羨ましい、こうなりたい、尊敬しているという感情はあっても、憧れという存在はいない

女性のほうが好ましく思う

ただ大好きな異性が現れればそちらが急にランキングトップに躍り出る

今ここで死ぬ気はしないけど、いつ死んでも眠れるくらいにはOK

 

表層の部分の感情は大まかにこんな感じ

もう少し幼い頃は女性の方が好ましく思うの点でもしかしたらレズビアンかも?

なんて思ってたけど、おそらく自分を簡単に好ましく思ってくれる、かつ気持ちを理解できるという点で

女性を好きになることが多かったんだと思う。

 

だから結局自分が特別人の好みの点でも、良心という点でも変わっているわけでもなければ優れているわけでもないわけで。

 

しかも自分のことはこの世の中で1か2番目に好きなんです。

結局人生の究極地点にも一緒についてきてくれる存在で、自分の最高傑作に確実になりうる

 

じゃあなんで自己肯定感が上がらないのか、

結局は人に愛されているという感覚が研ぎ澄まされていないのかなって

 

20歳になってもこの感覚は戻らなかった。

 

うさぎって寂しいと死ぬらしい。

 

結局人間の死って自分という存在をどこか俯瞰で見てしまった瞬間に始まっているのではないかと思うんです。

 

だから寂しさに塗れた私には簡単に子供を残すことも

 

生に執着を沸かせることもしない

 

心も体も賢い

 

今日の日にもこんなことを考えさせる心はきっと病そのものだと思わざるを得ないんです。

 

そしてこんな病が生まれた日を冠して存在するべきだと思った。

 

これはこんな病に冒された私がきっと来年も力強く生きていることへの証拠