12月初旬
寒い中、山梨に行った。
私は曇った山梨しか知らない。
家族で富士山を見に行った時も、大学の友達と富士山に登山しに行った時も(しかも登頂できなかったし)、そして一年ぶりに行った今回もやっぱり曇りだった。
そんな灰色の曇り空と吐く白い息を見つめるとなんとなく心細くて、きゅうっと身がひきしまってしまう気がした。
だけど、それはそれで冬の始まりを感じられているようで嬉しい気もした。
寒い時期に山梨に行ったのは
山梨行きたいね~
なんて、なんとなく話してて何も計画してなかった結果だ。
そして、結局、前日まで事細かく決めずに車だけ借りて山梨に向かったというわけなのです。
とりあえず、山中湖行っちゃおうか。
千葉から細くくねくねした東京の路地を抜けて、神奈川のちょっとした山路をするすると運転していく。
山梨に近づき、赤や緑や黄で色づいている山あいの風景を通り過ぎて行く。
高い建物もなく、山の麓や田んぼの中に家屋がぽつぽつと佇んでいる。
枝に枯葉をつけた木々が
かさかさと窓ガラスにぶつかる。
色んな大学のセミナーハウスやら何某かの別荘やらが主の所在無しにひっそりと息を潜めていた。
一気に視界がひらけて湖が見える。
曇天の空のしたで、誰にも気づかれないように、しかし堂々と山中湖のロケーションを独り占めにしているカフェがあった。
atrie ptica
蔦に覆われた扉を思い切って開けてみる。
そこには温かい空気と優しい音楽に包まれた空間があった。
目に飛び込んでくるのは寒空の下、
たっぷりと水をたたえた山中湖。
お店の至る所に、オーナーの本やオブジェや絵画などの作品が置いてある。
誰かのアトリエにお邪魔しているようだけど、席に座って山中湖や自然に向き合うとおのずと緊張感がほぐれておしゃべりしたくなる。
私は富士山に関係があると思い、
モンターニュ・ドール(黄金の山)
という紅茶を飲んでみる。
わーさんはピーチティーを頼んだみたいだけど、生憎鼻が詰まっているので香りがわかんなかったそうな。
残念な話である。
よかったら、外にも出れますよ
とにこやかにオーナーが仰っていたので出てみる。
無造作に置かれた椅子、枯れて荒々しい草木。
知らない街に来た心細さが一層増す。
だけど知らない街にやって来たという解放感も湧く。
不思議だなぁ。
恐らく左手には富士山が見えるのだろう。
きっと晴れたら大迫力の光景になるに違いない。
一面ガラス張りの窓に広がる冬の大パノラマ。
静かな湖面をのろのろとスワンボートが行き交う光景を何回も見ていた。
椅子の近くの本棚には音楽やら美術やら映画やらの本が一種雑然と置かれていて、オーナーの造詣の深さがよくわかる。
カウンターを見るとオーナーが珈琲を飲みながら雑誌を読みふけっていた。
なんかいいなと思う。
そんな風に好きなことを好きな場所でして、お客さんが来たらお茶を淹れて「はい、どうぞ、ごゆっくり」的なところが。
よく雑誌で見かける
あこがれのスローライフ
とやらを垣間見たような。
このカフェの大人の穏やかさは常に刺激を感じながら生きている人に癒しを与えてくれるような気がする。
自分の時間を大切に生きている人
そんな人達のカフェが山梨にはいっぱいあった。
寒くて心細かった分、
人の優しさ、街の温かさが身に沁みた。
大事な場所、大切な人たちがいつまでもそばにいてくれればなぁ
と思う。
カフェの分だけ、その場所と人との思い出がある。
だから、私はだらだらとカフェを巡っているのかもしれない。
そしてこれからも、大事な思い出をつくるためにこのだらだらをしていくのだろう。
富士山見れなかったからリベンジだね。
なんて言いながら、
ありがとう やまなし。
またくるぞ やまなし。
なんて思いながら、
満天の星空を見上げた。
どうか、それまでに山梨で出会った大切な場所がなくなりませんように。



