やわらかい日差しに包まれて
日光から高崎に続く例幣使街道をドライブしていた。
時に心霊スポットとして挙げられるこの街道。しかし、朝に関していえば実に美しい景観で私たちを喜ばす。
全部で1万本以上あると言われている杉並木のアーチ。
それは両サイドから頭上にかけてまで、覆いかぶさるようにできている。
見上げると、生き生きとした緑の隙間から、溢れるばかりキラキラと光がこぼれ落ちてくる。
隙間から鋭く入射した光線は、アーチにはいると、ふわりと柔らかな光の粒子となる。
窓を開けて、植物が作り出したばかりの新鮮な空気を深く吸い込む。
目指すは下今市。
日光から1時間ほど。
緑のトンネルをひたすら突き進む。
出口があるのかと思うくらい、それは長い道のりだった。
この道のりを江戸時代の人々は歩いてきたのだ。
先人の苦労が偲ばれる。
詳しいことは分からないけど、例幣使とは毎年東照宮の例大祭に金幣を奉納するために朝廷から派遣された使者のことで、その往路となったのが例幣使街道であるそう。
朝廷から東照宮へ勅使が送られるのは、少し意外だった。
これは徳川家康は死後、朝廷より神号「東照大権現」を与えられ、神として日光に祀られるようになったことが関係あるらしい。
なんでもこの例幣使の貫例は徳川幕府の威光をしめすものにほかならず、朝廷にとってははなはだ屈辱にみちていた。
というエピソードもあるそうで、幕府の強大な権力を伺い知ることができる。
この後1867年の大政奉還まで
約260年ほど徳川幕府は栄華を極めることになるのだ。
そして鎖国から開国へ。
明治。
「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」
この色鮮やかになった時代が私は一番好き。
時は大正、昭和と、激動の時代を経て今に至る。
平成。
未だかつてない平和な時代なのかもしれない。
こうして呑気に旅行にいけるほど。
周辺付近になっても、なかなか目的地は見つからない。
狭い道をぐるぐる回り、駄菓子屋、とんかつ屋、神社を行ったり来たり。
埒が明かないのでとんかつ屋の前に車を停めて、歩いて探す。
隣の敷地。駐車場の奥。
玉藻小路と名付けられた15mほどのちっこい路地。
3軒ほどのこぢんまりとしたお店。
ドーナツ屋、てぬぐい屋の向かいに。
こんなとこにあったのか。
日光珈琲
3段ほどの段差を上がる。
歴史の息づくこの町で、
かつては遊郭であったこの建物。
オーナーが取り壊すところを改装してカフェにしたそうな。
え、遊郭だったの?
遊郭って豪華絢爛で、妖艶なお姉さんがいるとこだよね?
そんな風に思わず疑ってしまう
レトロで古風な店内からは、かつての面影は想像出来なかった。
白塗りの柱、木目を生かした梁と床板。
廊下の両脇は分け隔てられた区画のようになっており、壁で仕切られていない。
建物の骨格が丸見えで、開放感がある。
ちょっぴり古めかしい家具や青と白の長方形の格子が気に入ってしまった。
反対からのアングル
青と白の格子の間は、見上げるほどの高い位置にある。
ここにお姉さん、ぎょうさんいたのかしら。
もしかしたら、選ばれしお姉さんかもしれん。
などと、ぼやぼや考える。
そして、きゅ、球戯室て…
気になるぞ。
開かずの間チックだったので、開ける勇気はなく。
まだまだあるぞ、不思議な部屋は。
きっと、いろ○すの林檎味 のペットボトルがあるから、事務室として使われてるのかな。
探検せずにはいられない。
取り壊されることなく、別の形で残されることになったこの建物。
ひとつでも多く歴史ある遺産を残して欲しい。
これからもそんな日光であってほしいことよ。
変わらないってことは安心するよね。
自分が変わっていく分、変わらないもの、心の拠り所が必要なのかもしれない。
大事な場所、人、ものは時間が経っても変わらずにいてほしいな
と少しわがままなことを思ってしまう私であります。
~最近のこと~
最近、焼き物に凝ってしまいまして…
栃木では益子焼を手に入れてにやにやしてしまいました。
土の風合いでしょうか。
コレクター気質の私は困ったことに焼き物を収集し始めました。
おすすめの焼き物あったら教えてください。
今、きてるのは萩焼、備前焼あたりですかね。
コレクター魂に火がついて、なかなか消えそうにありません。




