黒磯
この町に高校の寮があった。
毎年夏の盛りにブラスバンドの練習をしにやってくる。
暗さ、ボロさ、湿っぽさを兼ね備えた赤い屋根の平屋
受験勉強会と称してお喋りした夜の食堂。
那須のひんやりした夜気。
やけに足の細長い虫。扇風機。雑魚寝。壊れた襖。寝息。
汗だくになりながらも夢中になって練習し、夢中になってはしゃいだ高校時代。
高校生の時から、
女子高生とは思えない。
と周囲から言われるほど、老け込んでいた私は大学に入ると更に酷い言われようで、
ばばあ
と言われるようになった。
夏合宿前はいつも陰鬱な気持ち。
夏合宿中はいつも疲弊感と眠気。
だけど、夏合宿が終わると
また来年も来たいなと漠然と思うのだった。
何とも不思議である。
高校時代から
若さ、輝き、女子
という言葉と無縁で、とうとう取り返しがつかないところまで老化してしまった私。
未熟ながらも悩み、奔走した高校時代。
そんな時代もあったもんだ。
黒磯は懐かしかった。
大学生になった私は再びこの地を訪れた
車窓から見える黒磯の風景は
私が知っているそれとは異なる様相であった。
なんせ、那須寮と高校をバスで往復しただけあって黒磯の町全体の事など知る由もなかったから。
わーさんは相変わらずお気に入りの曲をかけて、楽しそうに口ずさむ。
駐車場あるのー?
わーさんはのろのろ運転で探す。
まさかこんなかたちで黒磯にやってくるとは。
1988 shozo cafe(黒磯)
黒を基調とした、シンプルな外観
中から楽しそうな笑い声とコーヒーの良い香りがふわりと漂ってくる。
階段をあがると、
日光をふんだんに取り入れ、照明を最小限に抑えた空間。
理想の部屋。屋根裏部屋みたいに。
黒、白、ねずみ色のシックな内装に、アクセントとして革製の赤い椅子、大理石風のテーブルがしつらえてある。
窓側の町が見下ろせる席に座る。
メニューを見るなり、
シフォンケーキ頼むー?
子供じみた無邪気な笑顔で聞いてくる。
ケーキと一緒に木いちごソーダをお願いした。
改めてじっくり見回すと古い書籍や灯り、椅子は時代を感じさせるものが多いけど、どこか清潔な感じ。
きっと、大切にお手入れをしているんだろう。
長い月日、大事にされてきた古い物たちには安心感と温かみがあるのだと思う。
窓の外は曇り空
なんか、この町、不思議かも
と思った。
建物の持つ無機質な安らぎというものがあるのだろうか。
全体的にひっそりして、そこに建てられたお店たちに人が吸い寄せられるような。
ほら、きづかなかったけど、こんなとこにもカフェだ
昔の時代にタイムスリップしたみたいな気分になった。
その異質感のようなものはよそ者だからかもしれないけど、
それがかえって、
自分が知らない町に来てるんだ
ということをはっきり自覚させ、
心地よい孤独感を感じさせてような気がした。
不思議な心持ちになった。
お待たせいたしました。
透明な炭酸水と真っ赤な木いちごソースの2層がとても爽やか。
5月の清々しい季節にぴったり
弾ける炭酸がパチパチと顔にあたる。
まさかとは思ったが、シフォンケーキのソースも木いちごだった。
W木いちごで酸っぱさを味わう度に、もこもこのシフォンケーキの優しい甘さで酸味:甘みのバランスを調整する。
いつもと違う場所で、日常のしがらみから解放される大切な時間。
そんなひと時を過ごすために私にはやっぱりカフェが必要らしい。
就職ができれば、こうした日々を恋しく思うようになるのかな。
高校生だった私も大学生になり、ついには社会人になろうとしている。
過ぎ去りし日々を思い返し、この先どうしたらいいものかと、ぐるぐる考えることもある。
透徹した眼で、
これが正しい。
なんて先のことを見据えることはできない。だけど、先がわからないからこそ、選択肢はたくさんある。間違えても別の選択肢を考えればいい。
それが、未来を予想できないことの良さ面白さなんだと思う。可能性が狭められないということが。
だから、自分が良かれと思うことはとりあえず悩む前にやる。
そんな潔い決断をしてみたいと思う今日この頃であります。



