『昭和のリーダー』という池上彰さんの番組で、元経団連会長の土光敏夫さんが紹介されました。
土光さんは、経団連第4代会長に就任後、2期6年にわたって財界総理として第一次石油ショック後の日本経済の安定化や企業の政治献金の改善などに尽力された方です。
番組での、土光さんの働き方を見ていた『車騎星』の旦那様が、
「この人にはきっと『車騎星』があるな。」
と言いましたので、笑ってしまいました。
(『車騎星』は働き者だからと言いたいらしい)
調べたら、
確かに『車騎星』が2個ありました(笑)
土光さんの質素な暮らしぶりは有名でしたね。
番組でも紹介していましたが、改めてWikipediaを読んでみたら、驚きを通り越す倹約ぶりでした。
少し抜粋しますと、
【普段の生活ぶりは感服させられるほど非常に質素であり、決して蓄財家でもなく生活費以外の残りの多額の収入は全て橘学苑に寄付されていた。
行政改革を推進する宣伝として、『NHK特集 85歳の執念 行革の顔 土光敏夫』(1982年〈昭和57年〉7月23日)というテレビ番組が放送された。その内容は土光の行政改革に執念を燃やす姿と、生活の一部を見せたものであった。土光の普段の生活として、次のようなものが映し出された。
戦後1回も床屋へ行ったことがなく、自宅で息子にやってもらう。
穴とつぎはぎだらけの帽子。
戦前から50年以上使用しているブラシ。
妻に「汚いから捨てたらどう?」と言われた使い古しの歯磨き用コップ。
農作業用のズボンのベルト代わりに使えなくなったネクタイ。
とりわけインパクトが大きかったのは、妻と2人きりで摂る夕食の風景であった。メニューはメザシに菜っ葉・味噌汁と軟らかく炊いた玄米。
これが「メザシの土光さん」のイメージを定着させた。
土光は経費節域のため、自家用車をやめバス通勤に切り替えていた。】(Wikipediaより抜粋)
大企業の石川島重工業・石川島播磨重工業 社長、東芝社長・会長を歴任された方なのにですよ!![]()
中曽根さんに請われて行政調査会長に就任後は、
◼️行政改革を断行
◼️増税によらない財政再建の実現
◼️各地方自治体を含む中央・地方を通じての行革推進
などに辣腕を振るいました。
行政改革や増税によらない財政再建を実現するために自ら徹底した「身を切る暮らし」をされていた土光さん。
今、土光さんが生きていたら、
「身を切る改革」を訴える政治家がいても、法案審議にすら入れない国会を見て、どう思われただろうと思いました。
それにしてもあまりにも質素過ぎる暮らし。
日干「辛」で、辛の器で出来た『貫索星』だったのを見て「なるほど」と思いました。
頑固で自我心が強く、一度自分でこうと決めたら頑固に押し通す『貫索星』。
その器が「辛」。清貧という気品ある態度が「辛」の美意識、大義名分だったのか!
と納得しました。
また、日干支「辛未」の人の特徴を書きますと、
外見は無口で、引っ込み思案ですが、強い意志と根性の持ち主で、衆を頼らず単独で行動します。
派手なことを好まず、現状に不満を持つことを嫌い、どんな苦労も忍耐と努力で乗り越える、人生の長距離ランナーです。
まさに、
「メザシの土光さん」らしい日干支でした。
おしまい


