Vocal(声)の不思議 高音域発声は必要か
まず問題になるのが、高音域の発声を開発する必要があるかないかではないだろうか。
ⅰ. クラシックの場合
生まれ持った自分の音域によってパートが決定する。
バス、バリトン、テノール、ソプラノといったように振り分けられ、それぞれのパートで音域を役割分担するので、音域を広げるということよりも、そのパートでの声の質を高めていくことが大切だと感じる。
ちなみに自分はバリトンとテノールの間ぐらいだと先生が言っていた。パートはどのようにして決定されるのだろう。自分はソプラノの音域も出せるが、もともとソプラノの人が出す場合と異なるのはその声のテンションではないだろうか。自分がミドルCよりも2オクターブ高いCをだそうとすると、相応にがんばらないと出ないところを、ソプラノの人は楽々出せる。これが声のテンションとして表れる。そのテンションの具合が落ち着いていて、なおかつ一番よく響く、一番おいしい音がどこかというのがパートの判断材料になっているのではないかと思う。感覚的な話ではあるが、自分の場合も確かにそのように感じられる音があって、ミドルBあたりがそれだ。
ⅱ. ジャズの場合
自分に合ったkeyに変えて歌うのが普通なので、音域を広げるよりも、歌い回しやリズムなどの能力を高めていくほうがよいと感じる。
ⅲ. ポップスの場合
オリジナリティーが強く要求されるが故か、今の時代に高音域発声は必要不可欠だと思う。クラシックやジャズの歌い手は、自分の音域にあったところで歌うのが一番よい、keyはかえればいいと、逆に無理に高音域をだそうとすることを不思議に思うかもしれない。でもポップスをよく聴くひとなら、高音域はどうしても手にいれなければならないと感じているはずだと思う。なぜだろう。日本でも昔に比べ今のほうが高音域化している。それは繁華街の中で鳴っている様々な曲の中から人の耳を引こうとすると、自ずと高音域の音が必要になり、それが曲の高音域化をもたらしているとも言われている。高音域化したポップスがカラオケなどで歌われるようになると、歌える人と歌えない人が出てくる。そこに高音域で歌える人は歌がうまいといった認識が生まれているように思われる。また、単純に低音よりも高音のほうが人の気を引く。胸にぐっと迫ってくる。このような理由が、ポップスの歌い手に高音域発声を要請させているのではないだろうか。
そこでポップスのボーカルは、何よりも高音域が出るようになることを最優先に考えることと思う。バンドでカバーするにしても、keyの変更を嫌うひとも少なくない。オリジナリティーが基本のポップスでは原曲のkey自体がその曲の雰囲気を持つため、keyを変えるとその曲自体の雰囲気が崩れてしまうからだ。あるいはバンドの技量によってはスコアを見ながらコピーするため、譜面に書いてないことはできないなどの障害もある。このようなことから、ポップスが好きな歌い手はカラオケを楽しんだりサークルでバンドを組んだりといったかなり初期の段階で高音域発声の壁にぶつかる。
あなたはもともと声が低いから高音域は無理だという話はよくきくが、それをきくたびに自分は違和感を感じていた。というのも、特別高い人に出会ったことがなかった。自分が楽に一番いい音が出せるのがだいたいミドルBだ。今の男性ポップスシンガーの最高音はだいたいハイAからハイBあたりであり、それをもともと声の高い人が楽に出せる一番いい音と考えると、最大で自分と1オクターブの差がある。もともと声が高い人は話す声も同様に高いはずであるが、話す声が自分よりも1オクターブ高い男性と会ったことがない。(だいたい男性より女性のほうが1オクターブ高い。)今まで出会ってきた男性の中にクロちゃんのような声が地声である人が何人もいたのなら、自分はもともと声が低いから高音域発声は無理だというのも納得だが、今まで出会ってきた男性の話す声のほとんどは自分も含め高さはさほどかわらない。Stevie Wonderも話す声の高さはだいたいぼくら普通の男性とかわらないのに、歌では高音域での発声を実現している。
またカラオケなどで毎回感じるのだが、ほとんどの男の人がだいたいハイGからハイAあたりで苦しくなったり声が裏返ったりする。自分もどんなに練習してがんばってもハイGから先は声が裏返ってしまった。これらのことから、高音域の発声には何かメカニズムがあることが予想された。
結局は音域によって声の出し方を変えていくことによりこの問題は解決した。男性にはチェストボイス、ミドルボイス、ヘッドボイスと呼ばれる発声があり、これらを適切な音域で使い分けることで高音域発声を可能にさせるのだった。チェストボイスとは要は地声であり、普通に話すときと同様の声のことだ。これはどんなにがなってみても、ハイGあたりが限界でその後声は裏返る。その先はミドルボイスという声に切り換える必要がある。これは地声とは明らかに異なった出し方である。かといって裏声を強くしたといったものでもない。説明するのが難しいが、のどを脱力した状態で、なおかつ首をしめられているような感覚で発声される。ミドルボイスを出せる友人がジャパネットタカタの声と言っていたが、確かにそのような声にきこえる。この声もだいたいハイBあたりで発声するのが難しくなる。これ以降はヘッドボイスという、また異なった声の出し方を使う。ヘッドボイスに関してはまだ自分もよくわからないが、裏声(ファルセット)とはまた違うようだ。
自分の場合、まずレッスンを受けて間もないころは高音になればなるほどがなっていた。先生は徹底的にのどの脱力をするように指導した。のどがガリガリ鳴るときは、もっと声を小さくしていいと言った。とにかく喉を広げる、南国にいるようイメージするなど、とにかく喉の脱力にこだわった。はじめは楽に出せるミドルBからハイCあたりまでのスケール練習にとどまった。滑らかにそれができるようになってからは、少しずつ音を上げてゆき、最終的にはハイGまで喉を脱力した状態でだせるようになった。しかしその代償として、がなっていたころほど喉の強さはなくなった。また、声がほんの少し浅くなったかもしれない。その後、新たなレッスンとして共鳴についてのトレーニングがあった。低音では丹田を意識する、高音では頭のてっぺんに声をカンっとぶつけるように、などかなり感覚的なトレーニングだった。先生は確かに耳がよく、うまく響くときと響かないとき、また自分が気を抜いているときなどの声を的確に聞き分け、指摘した。このようなトレーニングは本などにも載っているが、先生がいないと成功しているときとそうでないときの判断が曖昧で、難しいと思う。
次の先生では喉の弱さを指摘され、以前の先生とは全く矛盾した方法で喉の筋力を鍛えることを徹底して指導した。喉に力を入れて、大きい声でスケール練習をするというものだった。気がつくと声量がかなり上がっていた。慣れてきたところで先生はスケールの音域を広げ、ハイAのあたりまで声を出させた。ものすごく苦しかったが、以前習得した脱力の方法で苦しさの軽減を試みた。が金切り声のような、声になりそうでならないようなものが出るだけだった。先生はそれであっていると言って、無理矢理ハイBあたりまで発声させた。喉が縦に締め付けられるような感覚があり、音が上がるごとに喉仏もあげなければならなかった。金切り声のようなものが練習を重ねるごとに声のような声じゃないようなものになり、最終的にはそれが声にきこえるようにコントロールできるほどにまで慣れた。このときになって初めて自分がミドルボイスをだしていることに気づいた。しかしその代償として、喉がガリガリ鳴る癖がついた。また、喉仏をあげることにより高音ほど声が浅くなった。
ⅰ. クラシックの場合
生まれ持った自分の音域によってパートが決定する。
バス、バリトン、テノール、ソプラノといったように振り分けられ、それぞれのパートで音域を役割分担するので、音域を広げるということよりも、そのパートでの声の質を高めていくことが大切だと感じる。
ちなみに自分はバリトンとテノールの間ぐらいだと先生が言っていた。パートはどのようにして決定されるのだろう。自分はソプラノの音域も出せるが、もともとソプラノの人が出す場合と異なるのはその声のテンションではないだろうか。自分がミドルCよりも2オクターブ高いCをだそうとすると、相応にがんばらないと出ないところを、ソプラノの人は楽々出せる。これが声のテンションとして表れる。そのテンションの具合が落ち着いていて、なおかつ一番よく響く、一番おいしい音がどこかというのがパートの判断材料になっているのではないかと思う。感覚的な話ではあるが、自分の場合も確かにそのように感じられる音があって、ミドルBあたりがそれだ。
ⅱ. ジャズの場合
自分に合ったkeyに変えて歌うのが普通なので、音域を広げるよりも、歌い回しやリズムなどの能力を高めていくほうがよいと感じる。
ⅲ. ポップスの場合
オリジナリティーが強く要求されるが故か、今の時代に高音域発声は必要不可欠だと思う。クラシックやジャズの歌い手は、自分の音域にあったところで歌うのが一番よい、keyはかえればいいと、逆に無理に高音域をだそうとすることを不思議に思うかもしれない。でもポップスをよく聴くひとなら、高音域はどうしても手にいれなければならないと感じているはずだと思う。なぜだろう。日本でも昔に比べ今のほうが高音域化している。それは繁華街の中で鳴っている様々な曲の中から人の耳を引こうとすると、自ずと高音域の音が必要になり、それが曲の高音域化をもたらしているとも言われている。高音域化したポップスがカラオケなどで歌われるようになると、歌える人と歌えない人が出てくる。そこに高音域で歌える人は歌がうまいといった認識が生まれているように思われる。また、単純に低音よりも高音のほうが人の気を引く。胸にぐっと迫ってくる。このような理由が、ポップスの歌い手に高音域発声を要請させているのではないだろうか。
そこでポップスのボーカルは、何よりも高音域が出るようになることを最優先に考えることと思う。バンドでカバーするにしても、keyの変更を嫌うひとも少なくない。オリジナリティーが基本のポップスでは原曲のkey自体がその曲の雰囲気を持つため、keyを変えるとその曲自体の雰囲気が崩れてしまうからだ。あるいはバンドの技量によってはスコアを見ながらコピーするため、譜面に書いてないことはできないなどの障害もある。このようなことから、ポップスが好きな歌い手はカラオケを楽しんだりサークルでバンドを組んだりといったかなり初期の段階で高音域発声の壁にぶつかる。
あなたはもともと声が低いから高音域は無理だという話はよくきくが、それをきくたびに自分は違和感を感じていた。というのも、特別高い人に出会ったことがなかった。自分が楽に一番いい音が出せるのがだいたいミドルBだ。今の男性ポップスシンガーの最高音はだいたいハイAからハイBあたりであり、それをもともと声の高い人が楽に出せる一番いい音と考えると、最大で自分と1オクターブの差がある。もともと声が高い人は話す声も同様に高いはずであるが、話す声が自分よりも1オクターブ高い男性と会ったことがない。(だいたい男性より女性のほうが1オクターブ高い。)今まで出会ってきた男性の中にクロちゃんのような声が地声である人が何人もいたのなら、自分はもともと声が低いから高音域発声は無理だというのも納得だが、今まで出会ってきた男性の話す声のほとんどは自分も含め高さはさほどかわらない。Stevie Wonderも話す声の高さはだいたいぼくら普通の男性とかわらないのに、歌では高音域での発声を実現している。
またカラオケなどで毎回感じるのだが、ほとんどの男の人がだいたいハイGからハイAあたりで苦しくなったり声が裏返ったりする。自分もどんなに練習してがんばってもハイGから先は声が裏返ってしまった。これらのことから、高音域の発声には何かメカニズムがあることが予想された。
結局は音域によって声の出し方を変えていくことによりこの問題は解決した。男性にはチェストボイス、ミドルボイス、ヘッドボイスと呼ばれる発声があり、これらを適切な音域で使い分けることで高音域発声を可能にさせるのだった。チェストボイスとは要は地声であり、普通に話すときと同様の声のことだ。これはどんなにがなってみても、ハイGあたりが限界でその後声は裏返る。その先はミドルボイスという声に切り換える必要がある。これは地声とは明らかに異なった出し方である。かといって裏声を強くしたといったものでもない。説明するのが難しいが、のどを脱力した状態で、なおかつ首をしめられているような感覚で発声される。ミドルボイスを出せる友人がジャパネットタカタの声と言っていたが、確かにそのような声にきこえる。この声もだいたいハイBあたりで発声するのが難しくなる。これ以降はヘッドボイスという、また異なった声の出し方を使う。ヘッドボイスに関してはまだ自分もよくわからないが、裏声(ファルセット)とはまた違うようだ。
自分の場合、まずレッスンを受けて間もないころは高音になればなるほどがなっていた。先生は徹底的にのどの脱力をするように指導した。のどがガリガリ鳴るときは、もっと声を小さくしていいと言った。とにかく喉を広げる、南国にいるようイメージするなど、とにかく喉の脱力にこだわった。はじめは楽に出せるミドルBからハイCあたりまでのスケール練習にとどまった。滑らかにそれができるようになってからは、少しずつ音を上げてゆき、最終的にはハイGまで喉を脱力した状態でだせるようになった。しかしその代償として、がなっていたころほど喉の強さはなくなった。また、声がほんの少し浅くなったかもしれない。その後、新たなレッスンとして共鳴についてのトレーニングがあった。低音では丹田を意識する、高音では頭のてっぺんに声をカンっとぶつけるように、などかなり感覚的なトレーニングだった。先生は確かに耳がよく、うまく響くときと響かないとき、また自分が気を抜いているときなどの声を的確に聞き分け、指摘した。このようなトレーニングは本などにも載っているが、先生がいないと成功しているときとそうでないときの判断が曖昧で、難しいと思う。
次の先生では喉の弱さを指摘され、以前の先生とは全く矛盾した方法で喉の筋力を鍛えることを徹底して指導した。喉に力を入れて、大きい声でスケール練習をするというものだった。気がつくと声量がかなり上がっていた。慣れてきたところで先生はスケールの音域を広げ、ハイAのあたりまで声を出させた。ものすごく苦しかったが、以前習得した脱力の方法で苦しさの軽減を試みた。が金切り声のような、声になりそうでならないようなものが出るだけだった。先生はそれであっていると言って、無理矢理ハイBあたりまで発声させた。喉が縦に締め付けられるような感覚があり、音が上がるごとに喉仏もあげなければならなかった。金切り声のようなものが練習を重ねるごとに声のような声じゃないようなものになり、最終的にはそれが声にきこえるようにコントロールできるほどにまで慣れた。このときになって初めて自分がミドルボイスをだしていることに気づいた。しかしその代償として、喉がガリガリ鳴る癖がついた。また、喉仏をあげることにより高音ほど声が浅くなった。
