Vocal(声)の不思議 Vocalの基礎は体系化可能か
大学2年のときに初めてバンドでボーカルをやって、ライブの音源を聴いて初めて自分の歌の下手さを真に認識して以来、どうしたらうまく歌えるようになるかを常日頃考えるようになった。というか常にアンテナを張り巡らせて"Vocal"のヒントを得ようとしているのだと思う。
バンドでの自分の歌を初めて聴いたときはショックだった。まず感じたことは声量がないこと。演奏の音に埋もれてしまいはっきりと声がきこえない。PA側のドラムなどの音量調節の具合にもよるが、同じライブでの他のバンドの録音を幾つか聴いて、自分が他の人よりも声量がないことは確かだった。
次に感じたのは声が細いこと。これも歌っている部屋がホールのように響くところか、ライブハウスのように壁が音を吸収しやすい環境なのか、また録音はマイクでとるのかミキサーにつないでLINE録りするのかで異なってくる。がやはり同じ環境下でのライブで他のバンドの録音を聴いてみると、自分の歌声は細いというか、豊かではないというか。もちろん声が太いほうが必ずしもよいとは限らない。声の細さと繊細さには関連があるだろう。だがそれらの面を考慮しても、自分の思い描いたのとは違う、納得のいかないものだった。
三つ目に感じたのは息漏れのような息の音がきこえてくること。ワンフレーズ歌い終わる直後に、大げさに言えばまるでマラソンし終わった人のような息使いの要素みたいなのがきこえてくる。これのせいで、苦しそうに歌っているみたいにきこえる。フレーズを歌いきったあとがブツ切りになるというか、自然な呼吸の流れがないというか。とにかく息苦しそうにきこえる。またブツ切りのせいで全体的なメロディーの滑らかさも損ねていた。
四つ目に感じたのは、高音域を数回歌うと喉が疲れて声が出なくなってくること。高音域は出る。しかし1曲しか喉が持たない。歌い終わった直後にMCを挟むことがあったが、声がひっくりかえったりガラガラになっていたりと、しゃべりながら自分でびっくりしたことがあった。これではいまのpopsを原曲のkeyで歌うのは到底無理だ。
このように自分で自分の歌を聴いただけでもこれだけ問題点があった。自力ではどうしようもなく、発声のレッスンを受けることにした。
7、8人ほどの音大声楽科出身の先生に指導を受けてきて今思うことは、発声に関して何が正しくて何が間違っているのか、答えがほとんどないということだ。というのも各先生によって指導の仕方がほぼ独自であり、矛盾が頻繁に生じる。例えば、呼吸はお腹を膨らませて複式呼吸で行うという先生もいれば、お腹に力を入れて胸を膨らませるように呼吸する、という先生もいる。口で目一杯大きく息を吸うように指導する先生もいれば、バラの花の匂いを嗅ぐように鼻から呼吸をしろと指導する先生もいる。のどには力をいれるなという先生もいればのどに力をいれろという先生もいる。高音域では喉仏をあげろという先生もいれば下げろという先生もいる、といった具合だ。
このように各先生によって教え方が異なるのは、先生の先生であった人が以前指導したことを正しいものと信じているためだ。つまりそれぞれ発声法に宗派のようなものがあり、その発声法ですばらしい歌が歌えればそれは正しいとすることが矛盾の生じる原因と思われる。確かに、Donny Hathawayが高音域を喉仏を下げて歌っていたとしても、Alicia Keysが高音域を喉仏を上げて歌っていたとしても、二人の歌がすばらしいと感じられる限りどちらも正しいと言って差し支えないはずだ。
だから例えば、先生に呼吸はお腹に力を入れて胸を膨らませるようにと言われて、「以前習っていた先生には呼吸するときにお腹を膨らませてと言われたんですけど」と質問するのはほぼ無意味だろう。自分の感覚をたよりに異なった発声法の中から正しいと思うものを取捨選択することになる。
でも最近、各先生の教えるもので共通しているもの、効果のあったものが自分の中で蓄積されてきて感じることは、様々な発声法がある中でも何かしら発声の根源というか、万人に共通の基礎のようなものが確かに存在するのではないかということだ。自分なりに整理してみたいと思う。
バンドでの自分の歌を初めて聴いたときはショックだった。まず感じたことは声量がないこと。演奏の音に埋もれてしまいはっきりと声がきこえない。PA側のドラムなどの音量調節の具合にもよるが、同じライブでの他のバンドの録音を幾つか聴いて、自分が他の人よりも声量がないことは確かだった。
次に感じたのは声が細いこと。これも歌っている部屋がホールのように響くところか、ライブハウスのように壁が音を吸収しやすい環境なのか、また録音はマイクでとるのかミキサーにつないでLINE録りするのかで異なってくる。がやはり同じ環境下でのライブで他のバンドの録音を聴いてみると、自分の歌声は細いというか、豊かではないというか。もちろん声が太いほうが必ずしもよいとは限らない。声の細さと繊細さには関連があるだろう。だがそれらの面を考慮しても、自分の思い描いたのとは違う、納得のいかないものだった。
三つ目に感じたのは息漏れのような息の音がきこえてくること。ワンフレーズ歌い終わる直後に、大げさに言えばまるでマラソンし終わった人のような息使いの要素みたいなのがきこえてくる。これのせいで、苦しそうに歌っているみたいにきこえる。フレーズを歌いきったあとがブツ切りになるというか、自然な呼吸の流れがないというか。とにかく息苦しそうにきこえる。またブツ切りのせいで全体的なメロディーの滑らかさも損ねていた。
四つ目に感じたのは、高音域を数回歌うと喉が疲れて声が出なくなってくること。高音域は出る。しかし1曲しか喉が持たない。歌い終わった直後にMCを挟むことがあったが、声がひっくりかえったりガラガラになっていたりと、しゃべりながら自分でびっくりしたことがあった。これではいまのpopsを原曲のkeyで歌うのは到底無理だ。
このように自分で自分の歌を聴いただけでもこれだけ問題点があった。自力ではどうしようもなく、発声のレッスンを受けることにした。
7、8人ほどの音大声楽科出身の先生に指導を受けてきて今思うことは、発声に関して何が正しくて何が間違っているのか、答えがほとんどないということだ。というのも各先生によって指導の仕方がほぼ独自であり、矛盾が頻繁に生じる。例えば、呼吸はお腹を膨らませて複式呼吸で行うという先生もいれば、お腹に力を入れて胸を膨らませるように呼吸する、という先生もいる。口で目一杯大きく息を吸うように指導する先生もいれば、バラの花の匂いを嗅ぐように鼻から呼吸をしろと指導する先生もいる。のどには力をいれるなという先生もいればのどに力をいれろという先生もいる。高音域では喉仏をあげろという先生もいれば下げろという先生もいる、といった具合だ。
このように各先生によって教え方が異なるのは、先生の先生であった人が以前指導したことを正しいものと信じているためだ。つまりそれぞれ発声法に宗派のようなものがあり、その発声法ですばらしい歌が歌えればそれは正しいとすることが矛盾の生じる原因と思われる。確かに、Donny Hathawayが高音域を喉仏を下げて歌っていたとしても、Alicia Keysが高音域を喉仏を上げて歌っていたとしても、二人の歌がすばらしいと感じられる限りどちらも正しいと言って差し支えないはずだ。
だから例えば、先生に呼吸はお腹に力を入れて胸を膨らませるようにと言われて、「以前習っていた先生には呼吸するときにお腹を膨らませてと言われたんですけど」と質問するのはほぼ無意味だろう。自分の感覚をたよりに異なった発声法の中から正しいと思うものを取捨選択することになる。
でも最近、各先生の教えるもので共通しているもの、効果のあったものが自分の中で蓄積されてきて感じることは、様々な発声法がある中でも何かしら発声の根源というか、万人に共通の基礎のようなものが確かに存在するのではないかということだ。自分なりに整理してみたいと思う。