1. Rifftide 
(Thelonious Monk)
2. Good Bait
(Tadd Dameron/Count Basie)
3. Don't Blame Me
(Dorothy Fields/Jimmy McHugh)
4. Lady Bird 
(Tadd Dameron)
5. Wahoo 
(Tadd Dameron)
6. Wee [Allen's Alley] 
(Denzil Best)
7. Embraceable You 
(George Gershwin/Ira Gershwin)
8. Ornithology
(Charlie Parker/Benny Harris)
9. All the Things You Are 
(Oscar Hammerstein II/Jerome Kern)

1~4:May 8, 1949
5~9:May 9, 1949

Miles Davis - trumpet
James Moody - tenor saxophone
Tadd Dameron - piano
Barney Spieler - bass
Kenny Clarke - drums

料理の楽しみの1つは、実験である。
ふと頭の中で作りたいものが浮かんで、
その浮かんだプロセスに沿って作ってゆくのである。

例えばたくさんの種類の油とお酢から好きな組合せで、
オリジナルのマヨネーズを作るとか、
どこかでおいしいものを食べたら、それを作ってみるとか。
全く同じものにはならないけど、
調味料やら火の通し方やらを工夫すれば、
近いものにはなるのである。

時にはこれまで食べてきたものをベースに、
本当に思いつきで実験をすることもある。
食べ物をおもちゃにするなと言われても、
人のすることの80%は試行錯誤という
遊びの積み重ねなのである。

失敗すれば別のやり方を考えればいいし、
うまくいけば、更に自分に合ったやり方で、
もっとよくしていくのである。

音楽も同じだ。
Miles Davisたちにとって、『クールの誕生』は実験だった。
Fletcher HendersonやDuke Ellingtonらが
1920年代から30年代にやっていたことに、
Charlie Parkerらビバップの方法を混ぜ合わせたらどうなるか、
更にクラシックの印象主義的な方法も試したらどうなるかなど、
新しいレシピを模索するが如く、色々実験したのである。
Miles Davisにとっては、それはあくまでも実験に過ぎなかった。

 

 

皆さん、お待たせしました。Miles Davisのデビュー・アルバムです。
もうCharlie Parker時代のことも、『クールの誕生』も、
とりあえず脇に置いておいていい。
1940年代のMiles Davisはこれだけでいい、
僕の、そしてみんなの聴きたいMiles Davisは、ここから始まった。

第二次大戦の記憶もまだ生々しく残る1949年5月初旬、
フランスのパリで大規模なジャズ・フェスティヴァルが催された。
ナチス・ドイツの圧政から解放されたパリっ子たちにとって、
ジャズは最も最先端の音楽だった。
日本も事情は同じだったが、フランス人はその先を行っていた。
なにせ彼らはCharlie Parkerとビバップを知っていたのだから。

ビバップこそジャズの最先端であり、Charlie Parkerは
フランスのジャズ・ファンにとってもヒーローだった。
そのバードのレコードでトランペットを吹いていた
Miles Davisにも注目が集まり、
彼はピアニストのTadd Dameronとの双頭クインテットで
パリへ招聘されたのだった。

Miles Davisは国際的スターとしてパリに招かれ、
有名なサレ・プレイエルで演奏した。
対バンは、Kenny Dorham、Max Roach擁する
Charlie Parker Quintet。
いえが上にも燃える。張り切らないわけがない。
その時の演奏はラジオで生中継され、
ご丁寧にもそれを録音してくれた人がいた。
そのオープン・リールをColumbia Recordsが買い取り、
引退状態にあった1977年にリリースされたのである。
だから時系列的にはデビュー・アルバムと呼ぶのは疑問だけど、
Charlie Parkerを卒業したMiles Davisの演奏を捉えてるのだから、
そのように考えてもいいでしょう。

冒頭、アナウンサーのフランス語の喋りがかぶさって、
やたらうるさいが、その背後でハイ・ノートをかますMiles Davis。
のっけから燃えている。
つきものが取れたようにノビノビしている。
インターバルには自ら、次の曲紹介までしている。
1949年にはまだそんなこともしていたのだ。

2曲目、ミドルテンポのGood Bait
ゆったりした、スペイシーなリズムの間に音を放り込んでるが、
これこそMiles Davisのやりたかったことなのだ。
それを分かっているTadd Dameronこそ、
Miles Davisにとって理想的なピアニストでありパートナーだった。
Don't Blame MeEmbraceable Youにおける、
語りかけるような、Miles Davisにしかできないバラード表現はどうだ。

それともう1つ見直したのが、ドラマーのKenny Clarkeだ。
彼は50年代にもMiles Davisのアルバムに参加している。
そこでの演奏は、それが当時のマイルスの
求めていたサウンドとはいえ、抑えた表現に終始していた。
それがここでは、音が籠りがちで聴き取りにくいが、
後ろからやたらプッシュしまくっている。
対バンのドラマーはMax Roachだ、
つまり燃えていたのはマイルスだけではない、
Kenny Clarkeも燃えていたのだ。
Miles DavisとTadd Dameron、Kenny Clarkeの三つ巴が、
このライヴをスペシャルにしているのである。

国際的スターとして迎えられたMiles Davisは、
パリでJean-Paul Charles Aymard SartreやPablo Picasso、
Boris Vian、Juliette Grecoといった文化人、芸能人らと交流した。
サルトルには「パリに住め」といわれ、グレコとは恋仲になった。
そしてマイルスの追っかけと化したヴィアンは、
後に『死刑台のエレベーター』の音楽にマイルスを起用するよう、
Louis Malleに提案するのである。

『クールの誕生』のことなどあっさり忘れて
やり慣れたビバップに舞い戻り、
パリの観衆から物凄い歓声を受けるマイルス。
その存在感というか、オーラというか‥
観客がすっかり見上げているのが目に浮かびます。