湯布院さんのブログ

トラックバック散々させてもらってます、ハイ。私のハートに触れてくる話題が多いんですもの。

…そんなに仕事好きなんだろうか?私?


林 文子
失礼ながら、その売り方ではモノは売れません

…気になってたけどまだ読んでなかったんです。

だって林文子さんなんだもん。


PHP の カラットだったろうか?それともアソシエか? あたしが読んでいる雑誌ならそんな辺り。

営業マンとして実績をあげて、所長になった時の話があって、

とにかく毎朝かならず挨拶した…なんて話があって。


なんかで読んだ気がしません?


荒れた学校建て直した、って話でありがちな、毎朝の挨拶。


バブル期みたいに肩肘張って 『キャリア!』 を主張しないしなやかな女性の仕事っていうのがまた気になって、

ダイエーの今後の動向が気になってたりしたんですよ。


そんな林文子さんの本。


湯布院さん紹介ありがとう!


従業員満足度。会社への貢献意欲、自社商品への自信。

これがなくって、どうやって一生懸命売ろうとか、より活用して頂く、満足して頂く、

だってそれだけの価値があるんだから!

なんて思えるだろう。


はい、テレアポやってる時に、一生懸命商品のよさ探しながら、

この人にとって活用価値のある商品か?何処が?

と考えながら電話かけてました。

戦績はよいけど長電話。それをどうにかしろといわれて、向いてないと思ってさっさとやめたアルバイトでした。

社内での伝票追い出しも、

補助資料欄もきっちり書きこんでもらえればこんなデータのフィードバックできるんですから、

と暗に『資料欲しかったら伝票書け』と圧力かけてましたが。

共用しなくちゃ意味がない。

共用するには手間がかかる。

その手間が許せないんなら、元々そんなデータ取りするような真似こそ最大の手間だ。金額だけ書かせとけ。


ドリームチームが必要ない、というのは初めて目にして、

だから余計読みたい!と思った。


できる人ばかり寄せ集めて、多分普通のチームよりはかなりキャパがあるだろうけど、

ではそんな状況で、できる人間は他人への仕事の振り方、その指導の仕方を覚えるだろうか?

頑張りが足りない社員に、頑張るべき所、頑張る価値を教える必要はないのか?いつでも辞めろ、というスタンスでいいだろうか?


もちろん、普通に頑張ってる人に+αを身に着ける機会も必要。


だからこそ、混成チームをいいと言っている、という内容に鼻がひくひく。

馬鹿とはさみは使い様。どうか私を上手く使ってくれ、といって呆れられた1X年前。今でも本音です。


エンドユーザーの個性は様々。


どんな所にポイントを置くかも人それぞれ。


どんな瓢箪駒が隠れて居るか判らない。

根っから意欲がない人ならともかく、出し方が判らないならそれも『人財』じゃないか?


チームの中で、どのポジションが薄くて、どのポジションにてこ入れすべきか、得意分野だけじゃなくてすべきことを判断して動ける柔軟さを身につけるのに、画一的な評価だけでできるのか?


マネジメント職についた事はないけれど、そんな疑問がず~っとあった。

ま、学校教育不信の延長であります。

学校ならともかく、現場無くして売上あり、の会社がない以上、それっておかしくないか?

トップのビジョンがどんなに素晴らしくても、落としこみが出来ないで何が実現するんだろう?


ビジョンの共有、現場現状の吸いあげ。


キャッチボールは外とだけじゃない。


むくむくと夢と希望と期待が膨らむ本紹介だったのでした。

書く仕事に憧れたことがあった。

たま~に、点描、というテーマで書く文章。

あれが私の『書く』事への憧れの名残。


書くと言っても色々な種類がある。雑誌のライター、テクニカルライター、小説家、随筆家、評論家、etc.


書けるものなら、童話作家になりたかった。前、ちょろっと書いたかな。

平易な言葉で、けれど気持が、風景が、すんなりと心に浮かび上がる力を持った文章。

けれど私の文章は面白みのない論説文もどきから脱却できなくて。


テクニカルライターが気になった時期もあった。


論説文モドキなら、ならせめて使用説明書を人にわかり易い文章や章立てで書いて、

『機械は駄目!』

といううちの母やらが、ちゃんと活用できるようになるような…


それも諦めた。

気力が尽き果てていて、流されて着ける職場に居着いた。外圧に弱い私。

弟に坪田譲治から名前を頂いてつけた割に、作家になりたい、と言った私に投げつけられたのは

『この、河原乞食!!』

でありました…。色々な意味で傷ついた言葉でありました。団伊久磨になりたい、と言えばよかったんだろうか。


しかし夢の残り香には酔ってしまうのが弱い人間の常なのだ。


ブログライター に登録しちゃったもんね。


太鼓もち記事?依頼で書く訳じゃないから自分の気になるものしか書かないもん。

スタンス今までと変わらないもんね~。


歳だけ食って図太くなりました。

心理学だと、どうなるんでしょうね?

親に否定されたものを、徹底的に反抗することも出来ず、諦めることも出来ず、今頃になって当てつけるようにはじめる…

っていい方すると、

他罰傾向だ、とか、トラウマになってる、とか、色々言われそうです。

うちなる子供を慰め終われば、そんな拘りはなくなる、なんて話にもなるんでしょうか?


今の私はこう。

そして、決して自分に対しての背任ではないから、いいのだ。

傷も痛みも過去も含めて、みんな私。

↑これは最近見かけない美容雑誌の名前。


いえ、でもキレイになりたいのはとっても本音。

キレイ=健康、の図式が身近になってしまった最近、キレイになりたい、


ではなにする?


となると、整体、マッサージ、リフレクソロジー…


実はYoginiなんか読んでみたり、結構気を使ってます。今気になっているのはヘッドスパ。

どうしてもPC仕事だから目からの疲れが溜まって頭痛もするし、クマや目の下やつれなんかも出やすい。


自分で頭皮マッサージするのもいいけど、人にやってもらうともっと気持いい。

なら、スパは?

もっともっと気持いい??

と期待しているんですが、どこがいいのか…。

直に手が触れるものだから、相性も気になる。

今、リフレを受けるのは、その店で初めての施術をしてくれた人だけど、気持ちよかったのでその人のいる枠で予約している。

そんな出会いがあるといいなぁ、なんて期待もしてしまうし。

美容関係はこあたん大先生の記事を結構参考にさせてもらってるんですが、流石に神戸の店を追っかけるのは無理があるし…。


駅で時間があるとかならずHOTPEPPERやクーポンランドチェックするようになってしまいました。


あとね、やっぱり店の雰囲気って、どうしても心配じゃないですか。

強引な勧誘あったらやだし。

エスティシャンの求人サイトに美容に関する本音の掲示板が出来たと言うことで、そこをチェックしてみようかな、なんて思ってます。

まだできて間もないから、情報量はまだ少ないんですけどね。(^^;




エステ・ネイル・メイクアップなど美に関するお仕事情報サイト【Be-job!(ビージョブ)】

美容雑誌を見て何が楽しいって、綺麗な女性を見る事。


表情がキュートだったり、って言うのもあるけど、肌の美しさ色味の微妙なグラデーション、一種彫刻的な美しさが表現されているとつくづく見入ります。


演出術じゃなくて、あぁ、アートなんだ、と思う美しさ。


実は顔分析鎌田塾、の広告も楽しみだったりします。


ここ何年か、気になる顔を作っている確率が高いのが嶋田ちあきさん。


それがきっかけで嶋田さんプロデュースのベースメイクも使うようになりました。

← ここ。


春・夏・秋冬でメイクアップカタログが送られて来るんだけど、これも結構リーズナブルなメイクアップ商品で旬な顔をプロデュースして、使用商品を通販してくれたり、

ちょっと高いけど、ん?!

と思う商品が載っていたりするので楽しみで。


キャロルフランクなんかを知ったの、このカタログが初めてだったし。


感度の高い人の情報って、読むだけでも色々な刺激をもたらしてくれるなぁ、と実感しました。

キャンメイクの紹介なんかもしてくれちゃう、金額やブランドのこだわらない所も好き。


秋もの発売の情報が入ってくるようになって、次のカタログの到着が楽しみになってきたので、つい紹介。


夫婦仲のよさ、奥さんの病気中の献身ぶりの話なんかを聞くと、人柄にも引かれてしまうんですよね。


この歳になってくると、


仕事だけではない、業種だけではない、


なんにでも共通する要素、というものに気付くようになった。こんな広範囲で法則性を感じるようになるとは、経験と言うのは(伝聞も含めてだけど)素晴らしいものだ。


素敵なインテリアの記事を掲載して下さってる ☆窪田千紘さん☆ のブログ、

住まいと言うのはトータルコーディネイト、自分の生き様が現れてくるものなんだな…

なんて改めて思いながら、実際の工夫や考え方を大変楽しく読ませて頂いているんですが、


その記事の一つに、


欠陥住宅になりそうな家は、前段階として必ず現場が荒れている事が多い、


という事が書かれていました。

その道20年のライフスタイルプランナーさんの発言だそうです。

建築中の住まいからインテリアを考える、と現場を踏むのも素晴らしいなぁ、と思いましたけど、

(壁の中の柱の位置とか、配管の場所とか、確かに知らないと重い絵画が飾れないとか、いろいろありそうです。)

「荒れた現場」

と言う言葉になんかすごい衝撃を受けました。


自分の仕事を鑑みて、ミスが発生しがちなのって、忙しい、と言うよりは「集録つかない」状態になっていることがほとんど。

忙しくて手が回らないのか、モチベーションがあがらず、処理が遅れているのか…

でも、荒れている様に見えても何が何処に在るか把握できていて、すぐに分類片付けのできる状態だとミスは起こらない。


人のミス、或いは意識の低さと言うのは職種問わず、そういう所に現れるものなんだ、と驚き。


あと、鞄の中はぐちゃぐちゃなんだけど、同じ鞄の中なのに資料はホルダーに納められてぴっしり綺麗、なんて人は

「え?」

と思うようなうっかりをやりつつ、肝心の事には何の障害も起こさず、あるいはENDラインには影響出さずにやり抜ける人だったり…。


能力レベルはともかく、やはり人が現れるのか、(あるいは人が置かれた環境が…)と、

すぱんと視界が一段階明るくなるような感覚。


一般論としてじゃなく、実感として感じることが増えるたび、視界の輪郭はくっきりと姿を見せていくような気がする。


こう言う手応えを、仕事の中でも感じたいんだけど。

ウリを持たずにここまできてしまった、自分がいけないのだから、しょうがない。


あ。最近商売に「ロングテールを無視しない」なんて話題を見かけますが。

何が今更新しいんでしょうか?

稀覯本や小部数の本抱えた古書店がちゃんと利益上げてるのとなんら変わりがないと思うんですが。

今年度より新会計システムに移行。


カスタマイズ込みのシステム移行にありがちな、不整合が原因のフリ-ズ現象や帳票への引きこみ異常、

現象からしてどう考えても


絶対ネットワーク対応じゃないでしょ、これはむかっ


なんて異常が続き、なんと前期末残高の移行すら終わっていなかった。


科目登録はシステム会社しかできない、なんていいながら登録間違ってるし、足りないし、

ないから入力できないのにコンバートできない、総て手で振替伝票を入れろという。


挙句、

うちの部だけ移行残高登録漏れをしていやがったシステム会社!!!!!パンチ!


うちの部が契約外だっていうならそう言ってよ。


気持よ~く外させてもらうから。

ここの派遣がきれても、ここのシステム入れてる会社にだけは絶対行かない。


というより、


縁が切れるならやめてもいいかと言う気持がかな~り…。

行く宛ない三十路が結構本気でそう思っているぐらい最悪な所だ。


○喜という名前は、もう聞きたくない…。

好きな石がある。



再・追加販売開始!パライバトルマリン×ホワイトゴールドリング・ディモルディーネ

パライバトルマリン。



なんとも不思議に鮮やかな美しい青緑色。この色味を表すのに必ず使われる言葉が『ネオンカラー』。



ほんと、いい石ほど鮮やかに発光しているような美しい色。


気になり始めてから10年経つけれど、


値段は上がる一方。


地金(プラチナ)も上がる一方。


買えね~(><)



…と思っていたらネットでも売っていたのでした。


色みはついてからのお楽しみ。当たるも八卦、当たらぬも…値段的にこの確率の方が絶対高い…‥八卦。


嘘みたいな金額だから、水を入れすぎた粉末メロンソーダ10円なり、みたいな色かもしれぬ。



写真からして、ちょっと薄目だもんね。



…いいの、指先に好きな色味にちょっとでも近い色がある幸せを味わう…夢?…をみたいだけさ。



…既に諦めムードに移行中…。

粒が小さくてもいい色、と思うと30万弱はするものね…これでよかったら数年分の買い物運を使い果たす勢いだわ。


このタイトルで反応した人いたら、同年輩?



知らない町で迷子になってドキドキするのも半分こ


優しいそよ風吹いたら


希望も半分こ♪



子供向けのものって、真理ってやつが詰まってるなぁ、としみじみ思う。


普遍的で、ともすると陳腐にも思える言葉になってしまうけど、


喜びは2倍に 悲しみは半分に とか、

何かを共有できる事の素晴らしさを語る言葉は枚挙に暇がない。


腹が立って頭にきて話の通じないとんでもない奴!

と思っていたのに、自分の為に泣いてくれた記憶だけでどうしようもなく見捨てられなくなったり、

そんな理屈でない付き合いの中で結局、

人と人の仲は胎を割ってぶつかれる相手かどうか…それを許してくれる相手かどうか…

で決まってくるのだ、

と思うようになったのはぶつかり続けた兄弟と、シャットアウトして一向に受け付けてくれなくなった人の存在、両極があったから。


まったく話が通じない、と思っていた相手から、それでも付き合いつづけていると

『XX年前に言われた事の意味が、ようやく判った…』

なんて言われて、憶えつづけていたと言う事実に奇妙な愛しさを感じたりする。


山と山は出会わないが、人と人とは出会う。


これも何かで読んだ言葉。


言葉の後に潜む重さを実感するようになった、

これが年輪と言うものなんだろうか。


とおもいつつ。


願わくば、心で出会える相手が、これからもありますように。


歳越しの振り返り、まだ余韻があるようで。


存在の認識は相対するものが存在して初めて成る。


なんてことを下で書きましたけど、相対するから名前が必要、という意味ではもっとも身近な例がありました。


せっかく思い出したので記入。




天皇家、です。


天皇家には姓が存在しない。



だいたい、姓、っていうのは所番地とおんなじ様なもので、

どこどこのだれそれさん、というのが判りやすくするためのもの。


同姓が多い地区なら、○丁目の○×さんとか、屋号で呼ぶとか。



でも、天皇家には姓は存在しない。


だって、天土の初めから存在して全国区であり続けている存在は、他にないから。

区別すべき他の家系というのがないんです。


区別する必要があってつける名。


認識する必要があってつける名。


唯一無二なら名はなくったって、「あの方」で済んでしまう。



「内の主人が」 一夫一婦制だからもちろん、言った人の特定と同時に特定。

「彼がさぁ」…2股3股してれば区別の為の装飾語なり、名前が必要。


誰かが、誰かを、特別なただひとつと認識する時。

名前はなくて、「あなた」だけでいいのね。



誕生日が3連休に重なったお陰で久しぶりにゆっくり自分の中の棚卸ができました。


そんなタイミングでいろいろ自分の中の曖昧模糊としたものを釣り上げてくれる文章に出会えた事も幸運でした。


全然、練れてなどいない、ただの書き出しですけれど。


のんきな平日に戻りつつ、


中では発酵させてゆきたいな、なんて思ってます。



ありがとう。