【8月企画】 艶が怪談百物語 ~目次~
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参加させていただいております☆
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「おまんら二人は、まっこと仲がええのう」
久しぶりに龍馬さんと翔太くんが京都に戻ってきて私をお座敷に呼んでくれた、その席でのことだった。
お手洗いで中座した龍馬さんは、お座敷に戻ってきてしみじみと私と翔太くんにそう言った。
「な、仲が良いって…私たちは幼馴染みですし…」
「もう、からかわないで下さいよ、龍馬さん!」
「ん?別にからかっちょらんよ。ただ、おまんら二人がそがに楽しそうにしちょるんを見ると、ほんに微笑ましくての」
こちらを見て目を細める龍馬さんの表情には、私たちに対する慈愛に似た色が見てとれる。
「『幼馴染み』、か…まっことええもんじゃのぅ…」
「龍馬さんだって…武市さんや中岡さんは、昔からの友人でしょう」
翔太くんが笑いながらそう言う。
だが龍馬さんは、いつもの朗らかな笑みとは少し違う、どことなく寂しげな微笑みを口元に象っていた。
「あやつらは…友達というよりも、同志じゃきね。それはそれで大事な奴らじゃけんど、純粋な好意や友情だけで一緒にいられる相手ちゅうんは、こんまい頃にしか出会えんがよ」
そう言うと、龍馬さんは盃のお酒をくいっと呷った。
「わしにも、そんな友達がおったんじゃが……」
「あのぅ…そのお友達には、会えないんですか?」
龍馬さんは、故郷の土佐を脱藩しているという。
だから、たとえ帰りたいと思っても帰れない。
その『友達』は、今も土佐にいて、だから会えなくて龍馬さんは寂しいんだろうか。
そう思いながら私は問うた。
「うん…会えんのじゃろうな…どこにおるのか分からんき。生きとるのか、死んどるのかすらも分からん。
おらんようになって、もう十五年にはなるかの。ある時そいつは、忽然と姿をくらましたんじゃ。ちょうど、今くらいの時分じゃった」
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わしにも、幼馴染みといえる友がおった。
住まいも近く、生まれた日も近く。
いつも一緒に遊んじょった。
こんまい頃のわしは、ほんにみそっかすで、よう姉さんに叱られたもんじゃった。
だがそいつは、そげなわしを馬鹿にせんと、一緒になって寝小便の布団の隠し場所を考えてくれたりしたもんじゃった。
話は変わるが、わしは子どもの頃から、夢を見るとしばしば同じ場所が舞台になっとることがあった。
怖い夢じゃったり、何でもない夢じゃったり、面白い夢じゃったり…それぞれの夢に関連性はない。ただ、内容は違えど出てくる場所は大概同じじゃった。
その場所がどこなのかは、よう分からんかった。ちなみに、未だに分かっちょらん。
よく夢に見るのは、行ったこともない、見覚えのない大きな屋敷なんじゃ。
───幼馴染みのそいつと、同じ漢学塾に通っていた頃のこと。
ある夜、その屋敷の中をそいつと一緒に歩き回るという夢をみた。
よく夢に出てくる屋敷じゃから、おかしな話、わしにとっては勝手知ったる家じゃった。
そこを、そいつとあちこち歩いておる。
誰の屋敷かは分からんが、わしとそいつ以外には誰もおらんようじゃ。
どの部屋に行っても、誰もおらん。
まあそれは、いつものことなんじゃけど。
二人でどんどん廊下を奥に進んでいって、突き当たりにまた部屋があった。
そこはこの屋敷の中の最後の部屋じゃと、夢の中のわしは分かっておった。
襖に手をかけて、開けようとして───そこで目が覚めた。
翌日、お前が夢に出てきたと、わしはそいつに自分が見た夢を話して聞かせた。
そうしたら、相手も夢にわしが出てきたという。
自分が見た夢のことなんぞ話したこともなかったき知らんかったが、どうやら二人ともこれまで同じ屋敷の夢を見たことがあったようじゃった。
互いにその屋敷の間取り図を書いてみたら、恐ろしいほどに一致しちょる。
こげな偶然もあるもんじゃなあと感心して、それ以来わしらはあの屋敷の夢を見た翌日には決まってその話をするようになった。
じゃが、それからわしらは揃っておかしな夢を見るようになった。
あの屋敷の中で、刀を持った見知らぬ男に追い回されたり、襖を開けたら天井の梁で首を吊った女を見つけたり、屋敷の一室に閉じ込められて助けを求めとったり……あの屋敷が出てくると、それはいつも悪夢じゃった。
そしてなぜかいつも、あの廊下の突き当たりの部屋には入れん。
同じ夢を見ちょったあいつも、やっぱりその部屋には入れんでおった。
やがて、わしはちょっといざこざを起こしてしもうて、その漢学塾を退塾した。
それからは、わしの勉学は姉が見てくれるようになったし、お互い大人に近づいとって、あいつともいつの間にか自然と、昔ほど一緒におることもなくなってしもうた。
それでもわしは、あの屋敷の夢を見る度に、あいつも同じ夢を見とるに違いないと思うちょった。
相変わらず、廊下の突き当たりの一室には入れんまま、その屋敷の夢は見続けとったんじゃ。
そして、ある夜。
わしは、またあの屋敷の夢を見た。
たった一人、何の物音もせん屋敷の中を歩いとる。
そう、そこは不気味なくらいに静かじゃった。
静かすぎて…なんとのう、禍々しかった。
纏わりつく空気が重とうて、夢の中のわしは厭な汗をかきながらあの部屋に向かっとった。
その時は、あの部屋に行かにゃならんと思いながら廊下を進んじょった。そがなことは初めてじゃった。
それまでは、行こうと思うとっても行けんかったからの。
……今なら入れる。あの向こうへ行ける。
そうして襖に手をかけた時。
───わしは姉に起こされた。
何で起こしたんか、訊いても姉はなんも答えんかった。
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それから数日して、わしは、自分と同じ夢を見ていたあいつがどうなったか気になって、数年ぶりに家まで行ってみた。
まだ同じ夢を見ていたのなら、あいつもあの部屋に入ろうとしたんじゃなかろうかと、そう思っての。
入れたのか、それともわしのように夢から覚めて入ることができんかったのか。
だが、家に行ってみると、父御も母御も様子がおかしい。
聞くと、あいつの行方が知れんというんじゃ。
数日前の朝、ふらりと家を出たきり帰ってこん、と。
文机の上には、本人の文字で一言、『あの部屋に行く』という書付けがあったそうじゃ。
何ぞ知らんかと訊かれたが、申し訳ないけんどわしは何も言えんかった。
わしが土佐を出る時も、そいつの行方はまだ分からんままじゃった。
あの部屋に、入ってしまったんじゃろうな。
そして、あいつがおらんようになって以来、わしは、ぱったりとあの屋敷の夢を見らんようになった。
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「じゃから、この時期になると、そいつのことを思い出してちっくと寂しゅうなる」
龍馬さんは、そう呟くと再び盃を口に運ぶ。
私と翔太くんは、互いに顔を見合わせた。
翔太くんの顔は、いつになく強張っている。
おそらく私も、同じような表情をしているのだろうと思う。
龍馬さんが中座している間、私たちは、お互いが同じ夢を見ていたことで盛り上がっていたから───。
鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)・了