エリアフ・インバル指揮、東京都交響楽団のコンサートに行ってきました。

ホールは、サントリーホールでした。

 

チケット完売のコンサート、ホールはほぼ満席でした。

 

プログラムは

 

ブラームス   大学祝典序曲Op.80

ベートーヴェン 交響曲第8番

ドヴォルザーク 交響曲第8番OP.88

 

アンコールはありませんでした。

 

インバルの発案とは思えませんので、都響の事務局が狙ったんだと思います。

来週で88歳の誕生日を迎えるインバル、8尽くしのコンサートでした。

 

大学祝典序曲、まさか朝比奈隆&新日本フィル以来ではないと思いますが、生で最後に聴いたのがいつか、記憶にないぐらい久し振りでした。

この曲を聴くと、ラジオで聞いた旺文社の大学受験講座を思い出します。

50代でもわからないですよね。

 

続いて、16型でベートーヴェン。

昨日は10型でメンデルスゾーン、今日はベートーヴェンなのに16型。

でも、全く違和感なく聴かせるのがインバルでした。

堂々と、衒うことなく、正面から、全く手加減なく、一刀両断のもとに、牛刀で鶏を捌くような演奏でした。

それがとっても心地良いのがインバルです。

初演当時は、とか、メトロノームがどうしたこうした、とか、ベートーヴェンの交響曲でも偶数番号は、とか、全てがどうでもいい、インバルが振る楽聖ベートーヴェンの交響曲でした。

 

休憩を挟んでドヴォ8。

さすがに「イギリス」と呼ばれることはなくなりましたが、僕がジョージ・セルに嵌ったのはEMIから発売されたセル&COの「イギリス」のレコードでした。

セルは亡くなる直前にEMIに「イギリス」と「ザ・グレート」の録音を残しましたが、この2枚がなかったらセルに嵌っていたかどうか、自分自身で疑問だと思っています。

「ザ・グレート」の冒頭のHrの素晴らしい響き、「イギリス」の室内楽を思わせるような緊密にして緻密な一糸乱れぬ合奏力、それまで聴いていたカラヤンやフルトヴェングラー、ワルター、ベーム、全てのレコードを超越した素晴らしさでした。

 

そんな思い入れがある8番、いかにもインバルらしい、ボヘミアの香りなどみじんも感じさせない、インバルによりインバルの世界が形作られた8番でした。

第2楽種から第4楽章までアタッカでつなげ、第4楽章はお約束の大盛り上がり、はちきれんばかりの勢いのエンディングでした。

第1楽章の終わり際で指揮棒を飛ばしてしまい、第1楽章が終わったところでTopサイドのマキロンが拾ってインバルに手渡していました。

指揮棒を飛ばしていなければ、きっと第2楽章へもアタッカで入ったんじゃないかと思います。

 

ステージ袖から登場する時も、速足で飛び上がるように階段を上る88歳、秘められたパワーは凄まじいものをかんじます。

足腰もしっかりとしていますし、釈然と伸びる背筋、そのままを体現するような、芯のしっかりとした、揺らぐことのない太い柱で支えられた、スケールのでっかい演奏。

それを都響で、文句のつけようがない、完ぺきな、大満足のコンサートでした。