残留するとしても..
さて残留するとしたら、この計画を何時明らかにしたら良いのか?
交換学生のリーダー格の優しそうで、生真面目そうな先生を困らせたくはありません。
アメリカにいる間だと、説得されて一緒に帰国させられる恐れが有ります。
考えた挙句、カナダで白状しようと決めました。
アメリカ人はカナダへ行くのにビザが要らないそうです。
アメリカのビザが有れば大丈夫とロジャーは言うのですが、そうなんでしょうか?
金の続く限りといっても、大学の前期試験までには帰国しないと留年することになります。
1年浪人しているので、留年などしたら、勘当、放逐されかねません。
そんなことになっては一大事。
日本でのねぐらと飯が甚だ不安定になる事は間違い無い。
1人で残ろうなどとは若気のいたりも度が過ぎる、とその無謀さに気付いたのはアメリカに来てから。
右も左も判らないどころか、ここまで言葉が通じないとは、己の語学力の無さをまったく自覚していなかった、自惚れのアホのド天井。
それが判った時には、もうアメリカに来てしまってたのですから、もう手遅れ。
その上、所持金300$(当時のレートで11万円弱)を日本の感覚で、どえらい大金、節約したら1年くらい楽に暮らせると思ったのが大間違い。
食べ物は物によっては日本よりも安いけれど、その他の物価を見てみると、ざっと1$が100円見当。
おまけに、他のメンバーはシアトル往復を織り込んだ切符を持っています
私は別に切符を購入しなければなりません。
せめて、交換学生の他のメンバーがアメリカを発つまでは、行動を共にして、勝手な真似は控えよう、とこれは残留することの、自分で決めた罪滅ぼし。
考えたら、団体で来ているのですから、そうするのが当たり前、何の罪滅ぼしにもなってませんねぇ。
同じ便に乗らないとイケナイので、1週間前には航空券を買わないと席がなくなるかも知れません。
それを購入するとますます心細いことになります。
高校の先生の週給を聞いて「ワァ!高額所得者!」と思ったのは間違いやった...。
アソコで300$の値打ちに気付かんかった己の脳天気が情け無い。
それでも皆と帰ろうとせんのは、意地を張るにも程がある。
意地だけや無い、このチャンスを逃すようではアカンタレ本当にアカンタレ。
アカンタレと人に言われるのは仕方無いけど、自分でそう認めたら止め処なくアカンタレになってしまう、それが嫌やったんですね。
1人になったら何が何でもアルバイトをして喰いつながんといかん。
そのためには、1人でウロウロ出来るように、今の内にアメリカの生活に慣れて置かねばなりません。
幸い私は1人なので、日本語を話す相手も無く、家の中ではギリシャ語、近所ではスペイン語とドイツ語が混じるのが少し予想外とは言え、後の計画実行に会話の練習をするのにはお誂え向きの環境です。
環境はともかく、英語の基礎と根本がねぇ...。
今更、もっと真面目に勉強しておいたらよかったと思っても、間に合いません。
第一日目の夜は夢も見ずに眠ったものの、その後、夢の中で声が出なくてあせり狂う夢を何度見たことか。
頭の中では文章が出来ているのに、声が出ないのです。
目覚めている時は、声はいくらでも出るんですが、頭の中に文章が全く浮かばないんですね。
英会話の能力どころか、文法はもとより、単語を覚えて無いのですから、文章が浮かぶ筈も無いんです。
救いは回りに日本人が一人もいない事。
間違いだらけの英語を、日本人に聞かれるのは恥かしくて辛抱できません。
自覚しているよりも相当きついコンプレックスをもってるんですね。
それとも、私は実はエエ格好しいで、自分のアホさがばれるのが嫌なんでしょうかね。
妙なもんで、外国人相手だと、間違った英語を喋っても、大して恥かしいとは思わないんです。
ウンウン考えても、この国の事すらまだ良く飲み込めていないので、どうすればよいのかわかりません。
とにかく世話になっている家族にはお話して置こうと、
「実は皆が帰る時に一緒には帰らない。一人残って可能な限りこの国を見てみたい。しかし私に出来るかどうか不安です」 と話しました。
てっきり「無理だから、大人しく皆とお帰り」と言うかと思ったら、ロジャーを始め三人とも「Great!」「Oh boy!good!」などと、大賛成。
コラリアは「At'a Boy!」と抱きついて喜んでくれたけど、抱きつかれた方は予想外。
そんな事をされては、頭に血が昇って、折角考えた台詞が....。
「実はお金はこれだけしか持ってません、アメリカに知り合いは皆無です」と話したら「大丈夫、知り合いや友達に泊めてもらえるように紹介してあげる。先ずはアルバイト(short time job)で旅費を稼ぎなさい。心当りに仕事を頼んであげる。お金がたまるまでズーッとウチに居てもかまわない。心配するな」と心強い言葉。
気楽というか何というか、本人の私よりもウキウキして、
「サァ、何処へ行きたい?」と地図を持ち出しました。
何処といって、何処に何が有るのやら全く判りません。
とにかく、西海岸の北から南までできる限り行ってみたい。
「それなら、メキシコにも行けばいいわ」とコラリア。
「メキシコ?!行けるかなぁ?」
アメリカに居る事さえ夢のようなのに、メキシコに行けるなどとは日本では全く思いもしていませんでした。
「簡単よ!今度シスコに行った時にビザだけでも貰っておいたら?」
「そうだ、メキシコはいいぞ!絶対に行くべきだ。ロス・アンジェルスの友達を紹介してやるから、ロスから飛べば安い。」とロジャー。
秘密計画を打ち明けてから、気のせいか扱いが本当の家族見たいになった感じ。
何処へ行くにも連れて行ってくれて、喋らざるを得ないように水を向けたり、話を振ったりしてくれました。
そのせいか、夢の内容がドンドン強烈になって、朝起きても脳味噌がジンジンしています。
時制、三人称単数のs、関係代名詞、過去完了などなどは考え無い事にして、相手に理解してもらえるまで、取っ替え引っ換え知っている限りの単語を並べて、それでも駄目なら身振り手振り、下手な絵でも何でも総動員するのが今の自分に出来る事。
国会で演説するわけでなし、日本人が英語が下手で何処が悪い、と追い詰められての開き直り。
開き直ったからといって、喋れるようになるはずは無いのですが、恥かしがって居たのでは文字通り「お話し」になりません。
先ず「恥」ということを捨ててしまわないと声も出ません、ハイ捨てました。
その代わり「日本語」やったらアンタらに引けはとれへん、とこれが自尊心の最期の砦。
この砦が破れたら、今度は「大阪弁」で勝負、と訳の判らんことで自分を勇気付けでもしないと、不安でしょうがありません
日本に来るアメリカ人の99%は日本語よう喋らんやないか!と言うて見ても、考えたら彼奴らはお金があるのです。
ナニクソ、お金は無くても若さがある!と思ってもそれで事が済むわけもなし。
習うより慣れろとはよく言ったもので、その内に夢の中でも声が出だしました。
断っておきますが、けっして英会話が達者になったのではありません、ヤケクソで合っていようが間違っていようが、ともかく声を出さないとどうしようもないと、恥と外聞をかなぐり捨てただけ。
これで、一気に楽になりました。
2003/03/28:初出
2022/04/18:再録
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