こんにちは!
十条銀座「誠真堂鍼灸院」院長の東です。
今回は、ユダヤ教の格言に関するお話です。
ユダヤ教――
その起源は、紀元前2000年まで遡る
旧約聖書を教典とする古代イスラエルの宗教です。
そのユダヤ教には、こんな格言があります。
「もっとも強い者とは、
自分の感情をコントロールし、
敵、あるいは潜在的な敵をも
自分の味方にすることができる者だ」
今の私に、この格言はとても響きました。
今回は、この格言をテーマに筆を進めてみようと思います。
◆感情に任せてしまうと…
以前の私は、結構短気でした。
(まだ少し短気かな…)
正義感が強く、曲がっていると思うと
すぐにそれを口に出して
諍いを起こすようなことをしていました。
会社でも、部下からは好かれていましたが、
上司からは疎まれ、
居心地が良いとは言えない環境を
自分自身で作ってしまっていました。
今日の格言で言えば
「自分の感情をコントロールできていなかった」
ということになりますね。
今思うと「勿体無いことをしていたなぁ」
とよく思います。
若気の至りとは言え、目の前の出来事に
いちいち感情を高ぶらせずに
その出来事の背景や組織としての目的地などを
広い視野で冷静に考える余裕があれば、
会社からに重宝される存在に
なれたのかもしれません。
今は、多少ムッと来ても、
一度その感情を抑えてその人の言動や
出来事の背景に考えを巡らせたり、
自分の目的地への歩みに対する影響を考慮したりして、
「大人の対応」ができるようになりました。
しかし、振り返ると
何とも損をする人生を歩んできたもんだと
後悔する日々です。

◆大きな目で、物事を、人を見る
全てにおいて言えることですが、
決して最善の選択ではないと分かっていても、
例え気が進まないことであっても、
今の段階ではやらざるを得ないこと、
今やってはいけないことなどがあります。
大きなゴールをいつも見据えて
行動している人は、それが見えるのです。
目の前の出来事のみに囚われているからこそ、
1つひとつの出来事に感情が揺らぎ、
それに行動か左右されてしまう。
だから、目標としているゴールへの道から
外れてしまうことも多々出てきてしまいます。
目標を達成するためには、
1つひとつの事象に振り回されず
目標を見据えて
よりベターな選択を積み重ねていく必要があります。
◆「違い」を受け入れる寛容さ
ブログやSNSといった媒体を通じて
一般の方々が手軽に情報発信できる現代社会。
私も、発信しながらいろいろな方の
発信する情報を見ています。
そこで、かなり強い言い回しで
批判をしている人を見かけることも多いです。
しかし、そのような記事に
「いいね」をすることはほとんどありません。
そこに、寛容さが欠けていることが多いからです。
「発達障害から知る子育て」の著者である
岡田和美さんもそれぞれが持つ個性を
認めることの大切さを訴えています。
情報を自由に発信できる社会になったからこそ、
自分とは異なる意見に触れられる機会が
増えたのです。
そうであれば、まずは意見・考えの違いを受け入れ、
違う考え方の深い意味を理解する。
そして、自分の考えを深掘りして
さらに磨きをかけるチャンスが広がった、
と考えた方が発展的ですよね。
それを繰り返していれば、
たぶん冒頭の格言のように
「自分の感情をコントロールし、
敵や潜在的な敵をも味方にすることができる」
力を身につけられるような気がしています。
最近、私は殊に「寛容でありたい」
と思うことが多いです。
だからこそ、冒頭の格言が目を引いたのでしょう。
一人ひとり異なる考え方や意見、生き方、
個性を大きな心で受け入れられる人間。
それが「もっとも強い者」なのであれば、
私はもっと強くなりたい。
そんなことをこの格言から感じました。
誠真堂鍼灸院 東洋史
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