私がフィリピン🇵🇭マニラにいるときに、静岡青年会議所時代からの後輩で友人の宮原君から、静岡西ロータリークラブの例会で卓話をやってくれないかと連絡をもらった。
宮原君は、今年度、静岡西ロータリークラブの会長をしている。
もちろん二つ返事でOKした。
実は、10年くらい前に、私は静岡中央ロータリークラブの会長も経験している。私が居たロータリークラブとは違うクラブだから、やりやすい(笑)
静岡西ロータリークラブの例会場
ホテルグランヒルズ静岡4階
懐かしい例会場風景だ。
この日のランチは、中華料理だ。
なかなか美味しかった。マイウ〜‼️
友人の宮原会長の挨拶
昔、PTA活動でお世話になった満井さんもメンバーだ。満井さんはアルバイトタイムス株式会社の創業者だ。
静岡青年会議所時代の先輩の杉山元さんもいらした。今年度はガバナー補佐をされている。左側
私の卓話が始まった。
一応原稿も用意したが、老眼で見えないので、取り止めなくまとまりなく話してしまった。
なんとか30分ちょっと話すことが出来た。
演題の私の人生の選択は、大橋巨泉さんの人生の選択という本からとった。
24年前の著書だが、私の人生を選択する羅針盤にもなった。
卓話の謝礼を頂いたので、例会の帰りに宝くじを買った。この日は、年末ジャンボの発売日だったからだ。当たるかな⁉️(笑)
卓話内容⬇️
「私の人生の選択」
私は、60歳で今まで経営していた株式会社前田園をM&Aして事業継承しました。そこに行くまでには、いろんな歴史があります。まず、40代後半に、この大橋巨泉著の「人生の選択」という本に出会いました。
この本の宣伝文句は、
会社を捨てられますか? 国を捨てられますか? ――人生80年、後半生をどう生きるか? 会社や仕事にしばられず、好きに生きてこそ人生。健康、パートナー、趣味、財政計画の優先順位を守る、快適生活を実現させた、巨泉流生き方のススメ。国や会社、家族のために働いてきた同胞へ、「本当の幸せ」を見つめ直す手がかりに贈りたい名著!
という内容です。
彼の生き方に憧れを持って、まず、60歳でリタイアしようと目標を立てました。会社を事業継承するには会社の価値を高めたいと色々なショッピングモールに出店しました。これも紆余曲折がありました。私は、静岡中央ロータリークラブに入会したのは、41歳の時です。42歳に父から会社を継ぎ、社長になりました。すると数ヶ月後に、私の会社の直営店舗があった浜松市の松菱デパートが破綻しました。私の会社は、松菱の700万円の手形が不当たりになりました。無借金経営をしていたので、それは大丈夫でしたが、松菱の売り上げが年間9000万円くらいありましたから、年商3億ちょっとの会社では大変な金額です。松菱店の店員さんにはやむ無くやめてもらいました。また、私を含め本社の社員の給料も減額しました。その後、浜松市のお客様からの要望もかなりあり、浜松市内の浜松プラザウエストというショッピングモールに、緑茶、紅茶、コーヒーの専門店チャイカフェ前田園という店舗をオープンしました。テイクアウトコーナーも設置して、緑茶ソフトクリームなども販売しました。これの評判が良くなり、また静岡市の松坂屋にも店舗があるという信用から、浜北のユニーのプレ葉ウォーク浜北が新規オープンするからとの出店要請を受けてオープンしました。その後は、ららぽーと磐田にも出店要請があり出店。今は退店しましたが、新静岡セノバにも出店しました。こんな感じに直営店舗化してきましたが、小売業は大変です。私自身、買い物は、ネット中心という事もあるのと、私の会社のメインである日本茶の売り上げ後退、リーフ緑茶の主な消費者は、60歳以上で、日本の人口減少化など、先行きの茶業界の雲行きは良いものでは無いです。私は、50歳くらいからM&Aを考え、日本M&Aセンターのセミナーなどにも参加して勉強したりしていました。
私の長男が国立大学の大学院を卒業する一年前に「私の経営する会社は考えなくても良いか?」聞かれましたが、私は、自分の好きな道に行きなさいと答えました。息子が優秀じゃなかったら、継がせる道もあったかと思いますが、親父に似ないで優秀だったからです。長男は、一部上場企業に入社して、今は転職しましたが、いまは商社にてアメリカ等によく出張しています。またアメリカの現地法人からも転職しないかとオファーがあるようです。また、なぜ60歳にリタイアを考えたかの理由の一つに、私の父が60歳の時に心筋梗塞になり入院したりした事があります。その後、健康体にはなりまして85歳まで元気でしたが、私は、後継の息子が会社に入れなかったから、なんかあった場合の不安もありました。そんな事で、取引先の静岡銀行にも話しましたが、静岡銀行は、M&Aの担当者は、日本M&Aセンターに勉強に行っていたらしく、着手金が数百万で、決まれば数千万円取られます。いくら無借金経営とはいえ、私どものような規模の小さな会社では大変です。そんなおり、取引先していない静清信用金庫の安東支店の支店長が挨拶に来たので会ったら、高校の同級生でした。M&Aの話をしたら、担当者を連れてきました。その当時、着手金が27万円で、M&A成立すれば、M&Aの金額の1%で、最低100万円という事でしたので契約しました。実際に色んな話がありましたが、最終的に私が59歳の時になんとか最終候補企業が決まりました。あまり条件は良くはなかったですが、60歳にはリタイアしたかったので、契約合意して6年前の2018年1月にM&A調印して事業継承しました。その後顧問として9月末まで会社の事業継承に携わりました。
事業継承しましたが、会社の工場や事務所のある土地は私の所有なので、家賃が私の収入になりました。事業継承してから、さっそくフィリピンに行き、コンドミニアム購入の契約などをしたりしました。フィリピンのコンドミニアムは、建設前が一番安く、だんだん値が上がります。私は、外観がほぼ出来た物件を契約しました。デベロッパーは、フィリピンの財閥系企業だから安心でした。場所は、フィリピン🇵🇭のメトロマニラのマニラ市です。メトロマニラは、マニラ首都圏と言って、日本で言ったら東京都みたいな感じで、メトロマニラには17の市があります。メトロマニラで、人口1,350万人で、私の住むマニラ市は、180万人です。私のコンドミニアムは、37階建ての36階のユニット2つです。今、住んでいる70Samの2ベッドルームと、来客用の26Samのスタジオタイプルームです。引渡しが遅れて、スタジオタイプの部屋は、やっと2018年の10月になりました。その1か月後くらいに2ベッドルームの引渡しとなりました。
その後、フィリピンと日本を行ったり来たりして、今まで出来なかった年末年始をフィリピンで過ごしたり、日本から、長女家族や、当時独身だった次女もフィリピンに来たりして楽しみました。
その後、世界中にコロナが蔓延して、フィリピンはパンデミックで外出制限が出そうだったので、私だけ日本に脱出して、妻とは一年ちょっと離れ離れになりました。
その間に東京に居る次女が結婚したりしました。やっとフィリピン🇵🇭マニラに行けるようになり、2022年くらいから、マニラ生活を長くするようにしています。それは東京に住んでいた次女夫婦が妊娠したのを契機に、静岡に移転して私の家に住みたいと言ったからです。私の自宅は、3階建てですが、次女夫婦が2階、私たち夫婦は、3階に居住スペースがあり同居することで、安心してマニラで生活出来るようになりました。
私は、フェイスブックを始めて12年以上になりますが、日本はもとより、フィリピン在住の日本人ともフェイスブックを通じて友達にもなりました。だから、マニラにいる時も、たまに会って日本語会話を堪能しています。また、私の住むコンドミニアムは、目の前にSMショッピングモールがあり便利な場所で、コンドミニアム内には、ジムやプール、バスケコートがあります。海外に住んでいるので、健康管理には気をつけていますから、毎朝6時から7時の1時間ジムに通っています。60歳の還暦時より筋肉はつきましたよ。あとは、妻と向かいのショッピングモール内をウォーキングしたりして、毎日7,000歩以上は歩くようにしています。今までは、バリックバヤンVISAと言って、フィリピン人配偶者と一緒にフィリピン入国すれば、1年間滞在出来るVISAを取得してますが、必ず配偶者と一緒の入国しなければならない決まりがありました。私一人で日本往復するとツーリストVISAになってしまいます。ツーリストVISAは、1か月有効で、延長延長は出来ますが、その度に料金がかかり、イミグレーションに行かなければならないです。そんなわけで今年に、配偶者VISAを申請しました。1年間有効の13AVISAを取得しました。来年は、一年間犯罪しなければ、永住の配偶者VISAを申請取得出来ます。そうなれば、今までみたいに夫婦揃って確定申告の冬に居なくても良くなります。そんなわけで、年間の8割近くをフィリピン🇵🇭マニラで生活しつつあります。フィリピンでは、腕時計が必要ないくらいのアイランドタイムを楽しんでます。同じコンドミニアムに住むフィリピン人のジム仲間も出来ました。日本に居るよりストレスが無い生活をしています。ただ最近の物価高と円安で、フィリピンも大変になってきましたが、人口が増加中のフィリピンは、活気があり今後成長していく感じがします。日本政府の援助もあり、日本企業がメトロマニラで、地下鉄工事もしています。3年から5年後くらいに完成かなって感じです。フィリピンは、セブ島や、ボラカイ島、パラワン島などのリゾートアイランドや、マニラなどの都市観光も良いです。ぜひフィリピンに観光に来てくださいね。私は、来年2月に確定申告電子申告してから、マニラに戻ります。花粉症も無くて良いですよ。ご清聴ありがとうございました。
2024年のフィリピンの人口は約1億1917万人で、年間の人口増加率は約1.48%です
2023年時点での日本人とフィリピン人の平均寿命は次の通りです。
- **日本人**:平均寿命は約84歳で、女性は約87歳、男性は約81歳です。
- **フィリピン人**:平均寿命は約71歳で、女性は約74歳、男性は約68歳です。
これらの数値は年によって若干の変動がありますが、概ねこの範囲内です。
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来年の経済成長率は、6.2%と予想されていて、アジアでもトップクラスです。
2023年時点でのフィリピンと日本の平均年齢は以下の通りです:
1. **フィリピン**:
- 平均年齢は約25.3歳です。フィリピンは比較的若い人口構成を持っており、若年層が多いことが特徴です。
2. **日本**:
- 平均年齢は約48.6歳です。日本は高齢化が進んでおり、世界でも特に高齢者の割合が高い国の一つです。
これらのデータは、国際機関や政府の統計に基づいており、人口の年齢構成を示す指標として用いられます。
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