テレビで「X年後の同窓会」をやっていました。
カズレーザーが昔、大ヒットしたものの関係者
を集めて開発秘話を聞く話で、ツチノコの話を
していました。
で、ネッシー騒ぎを思い出しました。
会社ではコパイロットの有料版が導入されており
AI検索エンジンとして使い始めたのですが、
答えから忖度してこうであればいいなと思っていた
答えを見つけてきて並べてみたり、私のメールの
内容を勝手に読んで勝手にそれらしい社内文書を
偽造してこんな規定がありましたと言ってみたり
とまるでクリエイティブな仕事には使い物に
なりません。
そこで文学的な話で物語を作らせたらどうなるか
と思って短編小説を書かせてみました。
といっても、ネタはこちらが用意せねばなりません。
用意したネタはこれです。
ネタ(私が書いた原文)
聖徳太子の、飛鳥時代。イギリスではローマ帝国に蹂躙された後の暗黒時代、数頭から数十頭のネッシーがひっそり暮らしていた。天敵もほとんどいなかったためバンバン繁殖するかに見えたが性格がおとなしく、性欲旺盛でものかったネッシー一族は次第に数を減らしていった。昔から語り継がれ、半ば伝説と化した生物ではあったが1960年代に入ると、ソナーや水中カメラなどの発達で科学的な探査が何度も繰り返されたが、最後の個体で有った為、かろうじて1975年の調査で決定的な1枚が撮影されたのが最初で最後であり、今は、湖底にその屍をさらしており、小型の水生生物の餌となって骨になっている。しかも骨は泥に埋もれ、水中透明度の低いネス湖では水を抜くか日照りで干上がりでもしないかぎり発見することは不可能である。
で完成した小説がこちらです。
原案:Don 脚色:コパイロット
短編小説「最後のネッシー」
6世紀。
日本では聖徳太子が政治を整え、飛鳥文化が芽吹き始めていたころ。
そのはるか西、ブリテン島はローマ帝国崩壊の余韻の中で、長い暗い時代を歩んでいた。
当時の人々は、自然の中に精霊や怪物の気配を感じながら暮らしていた。
アーサー王の物語に登場する“水棲ドラゴン”も、そんな世界観の中で語られた存在だ。
迷信と片づけるには惜しいほど、似た伝承が各地に残っている。
同じ6世紀。
スコットランドで布教を進めていた聖コルンバがネス川を渡ろうとしたとき、
彼の目の前でひとりの男が“何か”に引きずり込まれそうになった。
水面の下には、巨大な影がゆっくりとうごめいていたという。
コルンバは十字を切り、怪物に向かって「退け」と命じた。
するとその影は、怯えたように深い水の奥へと消えていった。
この記録が、後に“ネス湖の怪物”として語られる存在の最古の文献となる。
アーサー王伝説の水棲ドラゴンと、聖コルンバの怪物──
二つの物語は、同じ文化の土壌から生まれた“湖の記憶”だったのかもしれない。
ネス湖の深い闇の中では、そのころネッシー一族が静かに暮らしていた。
巨大な体に似合わず穏やかで、長い首をゆらりと揺らしながら湖底を漂い、
魚を追うでもなく、ただ湖とともに生きていた。
争いを知らず、怒りを覚えることもほとんどない。
その性質は彼らを“怪物”というより“湖の精霊”のように見せていた。
けれど、その穏やかさは同時に弱さでもあった。
繁殖は数十年に一度。
外敵はいなかったが、個体数は増えず、ゆっくりと減っていった。
湖の奥深くで、彼らはひっそりと世代を重ねていった。
人々が“水棲ドラゴン”と呼んだ影は、実際には争いを避けるおとなしい一族だったのである。
時が流れ、15〜17世紀には一族は数頭から十数頭ほどにまで減っていた。
文書として残る記録はほとんどないが、この頃までは湖の周辺で彼らを見たという話が、村々で細々と語られていた。
寿命は150年、長いものでは200年に達したため、まれに人前に姿を見せることもあったが、その大きさゆえに人々のあいだでは恐れの対象となった。。
18〜19世紀には、一族は2〜4頭ほどにまで減り、
文書が多く残る時代になっても、その名が記されることはほとんどなかった。
湖で彼らを見たという話も急に少なくなっていく。
湖面に現れる謎の影、馬のような頭、巨大な波紋──
かつてのように“はっきりした姿”を語る声はほとんど残らず、
ただ曖昧な噂だけが、時おり人々のあいだに漂う程度になった。
それでも、彼らは確かにそこにいた。
20世紀に入ると、ネッシーの“記録”は急に増えた。
だがその多くは、曖昧な影や作り物めいた写真ばかりで、
かつてのように確かな姿を語るものはほとんどなかった。
道路が整備され、人が湖を訪れるようになったことで、
噂や憶測だけが独り歩きし、真偽の定かでない話が次々と生まれていった。
それでも、人類は湖の奥に“何か”がいると信じ続けた。
科学技術が進歩し、ソナーや水中カメラ、小型潜水艇がネス湖に持ち込まれ、
人々は“恐竜の生き残り”を求めて湖を探り続けた。
だがその頃、湖の深みに残っていたのはただ一頭──
静かに、誰にも知られぬまま生き続ける最後の生き残りだけだった。
彼は生涯の伴侶を得ることなく、孤独だった。
父の記憶はなく、泳ぎ方や餌の取り方を教えてくれた母も、
彼が30歳を過ぎたころに亡くなってしまった。
この一族では50歳を過ぎてようやく一人前とされる。
それからすると彼には早すぎるわかれであった。
その後の100年、彼は、同族に出会うことはなかった。
170歳を超えたころ、彼は一つの“箱”に出会う。
若い頃ならすぐに身を翻して逃げていたはずの得体の知れない物体を、
その日はただ、ゆっくりと見つめていた。
長い孤独が、彼の心を少しだけ開かせていたのかもしれない。
その“箱”は、湖底の闇の中でひときわ静かに光をまとっていた。
金属とも石ともつかない淡い輝きが、まるで水の精が宿っているかのように揺れている。
前面の丸い黒い“穴”は、深い瞳のように彼を見返し、
どこか懐かしさすら感じさせた。
それは、ロバート・ラインズの水中カメラだった。
1975年に撮影された写真には、青い闇の中に浮かぶ巨大な影が写っていた。
画面端の影を拡大すると、粒子の荒れた肌色の体が現れた。
それは最初で最後の“決定的な1枚”となり、世界中を駆け巡った。
その写真が撮られたころ、彼の体はすでにゆっくりと弱っていた。
長い年月を生きた者だけがまとう、静かな疲れが全身に広がっていた。
湖底の水はいつもより冷たく、胸の奥にある鼓動は、
まるで遠くの岩を叩く波のように、ゆっくりと、間隔をあけて響いていた。
彼は、最後の力を振り絞るように首を持ち上げ、
暗い水の向こうにぼんやりと漂う光を見つめた。
それは、あの“箱”が放つかすかな輝きだった。
まるで湖の神が、彼を迎えに来たかのように見えた。
その光を見つめながら、彼の意識は少しずつほどけていった。
母の体温の記憶が、冷たい水の中にふっと浮かび上がる。
幼いころ、湖面近くで聞いた風の音。
霧の朝に、岸辺でじっとこちらを見ていた小さな人間の娘。
どれも遠い昔のことなのに、不思議と温かかった。
最後の瞬間、彼は恐れを感じていなかった。
ただ、長い旅路の終わりにそっと横たわるような、
静かな安らぎだけがあった。
そして彼は、深い眠りに落ちるように息を引き取った。
死骸は湖底に沈み、小さな生き物たちに分解され、骨は泥に埋もれた。
透明度の低いネス湖では、水を抜かない限り見つかることはない。
こうして1500年にわたって語られた“湖の怪物”は、
誰にも気づかれぬまま歴史から姿を消した。
けれど──伝説は今も生きている。
湖面に立つ霧の向こうに、人々は今も“何か”を見ようとする。
火のないところに煙は立たない。
ネッシーは、確かにそこにいたのだ。
なかなか凄いっしょ。2日間で完成しました。
次回はどうやってこれが生まれたかを説明していきます。
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