明治維新と平成維新 | 大器は早成し、小器は晩成する

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衆議院選挙を前にして、第三極といわれる方々の動きが活発ですが、その中でも維新を名乗る人々が注目されています。


明治維新を誰が言ったかは知りませんが、少なくとも幕末に明治というはずはありませんから、明治になってからできた言葉であることは間違いありません。


明治になって、為政者が、改革に取り組まざるを得ない状況になって、自らの政治行動を維新と言ったのか、または、それらの行動をとらえて誰かが命名したのか。


別に坂本竜馬が船中八策を作ったから、明治維新がなったのではありません。

指針にもなったとも思えません。


幕末の西南雄藩が藩政改革を行い強力な経済力・軍事力を保持し、尊王攘夷を名目に幕藩体制を倒し、新たな中央政権を打ち立ててみたら、新たにやらなければならないことが山ほどあって、それをやろうとすると、従来の制度を全く変えなければいけなくなって、明治維新と呼ばれるようになったわけです。


今、維新を唱えている人が、各地方自治体で何かに取り組み、それが他の自治体に比べ抜きんでている成果を上げたとは思えません。

日本一の金持ち自治体の東京の知事は、銀行を作って巨大な損失を出し、オリンピックの招致活動を繰り返し活動費を一杯使い、国の国防にかかわることに積極的に関与したぐらいで、別にほめられるようなことはしていません。

日本一の問題自治体の大阪でも、難題が次々に解決したという話は聞きません。

共通するのは、庶民受けするよう、敵を作っていじめることぐらいです。


維新をいうなら、すべての組織・企業・国民の既得権の見直しでしょう。

地方への権限や財源の移動をすれば一朝一夕で維新ができるというのは噴飯もんです。


いったい誰が、明治維新や敗戦時のような混乱や変革を望んでいるんですか。

みんな、今の仕事、今の収入にしがみつきながら、もっと楽をさせろと言っているだけです。


結論は、平成維新は、権力への道案内としてお題目に使われているということです。

それで、中央政界に足場が築けるのですから、うまいことを考えたものです。