事任神社に別れを告げて、粟ヶ岳 めざして北へ。
すぐに、ぐいぐい標高が上がっていきます。
なかなかスリルのある茶畑のあいだの山道を登って、ふと後ろ、東のほうを見ると・・・
すでに冠雪している、富士山が望めます。
広い駐車場に着くと、こんな感じ・・・
放送塔が林立していて、ちょっとヤな感じ。
http://www.higashiyama-tea.com/
高速道路から見えた “茶” の字の山がまさに粟ヶ岳だったとわかりました。
Wikipedia の記事をみましょう。
遠州七不思議のひとつにも挙げられる 「粟ヶ岳の無間の鐘」 の伝承では、鐘を井戸に投げ込んだと伝えられているが、その井戸が境内に残されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E3%80%85%E7%A5%9E%E7%A4%BE
神社の森は 「林野庁より航行目標の為の保安林」 だといいます。
それはずっと、ず~っとそうだったのでしょうね。
境内は駐車場から少し坂を登ればすぐです。
この山中にしては立派な社殿。
手書きの、分かりやすい見取り図です。
お参りしていると、宮司さんか管理人さんらしき方が来られて、社務所を開けてくださいました。
が、由緒書を頂戴しただけで、失礼しました。
さすが天日鷲の一族(?)、鳥にまつわる、こんなかわいい絵馬もありましたが。
社殿の横に、さりげなく 「無間井」。
鐘は入らなさそうですが・・・
山頂近くで水が湧いたのでしょうか。
例の破砕帯という、地下水が押し上げられる構造になっているのかもしれません。
『スピ散歩』 によれば 「潮の干満により高く湧き出て龍が立ち上がる」ように見えたという伝承もあるそうです。
この山裾全体にお茶畑が広がっているのも、そんな水脈の恩恵を受けているのでしょうか。
さらに小さなお社が3社。
静岡の御前崎にある 白羽神社 のご祭神をチェックすると、次の三柱です :
天津日高日子穂々手見命
豊玉毘賣命
玉依毘賣命
なるほど~
さらに、社伝では 「式内 服織田神社これなり」 だそうです。
で、式内服織田神肚を調べてみると・・・
http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1065417620.html
御前崎から牧之原市は、粟ヶ岳から見下ろす海岸線です。
阿波から海路東へ向かった人々は、粟ヶ岳を目印にこのあたりに上陸したのでしょう。
→ 「まとめ:大宜都比売命の裔(15)END」
http://goutara.blogspot.com/2017/01/15end.html
それが可能なのも、次の事実で納得いただけるでしょう。
スサノオの御子神という説が主流、とだけ。
さて気になる磐座群・・・
巨石がそそり立っています。
人為的に配置されたものなのでしょうか。
木の根が張ったりして、崩れているそうですが。
鳥居が設置されている磐座も。
古代の祭祀場とされています。
ピラミッド型になっています。
周囲の木や、石の表面のコケなどが生えていなければ、日光を反射して海上からも目印になった石かもしれません。
『スピ散歩』 ではダイナミックな表現がされるエネルギーがほとばしる、とされる聖地。
ここに導かれたことに感謝したことです。
お天気に恵まれた日に事任神社へ行かれたなら、ぜひ姉妹神を祀るとされる阿波々神社へも足を延ばされることをお勧めします。
ふもとから1時間ほどの参道があるようですし。
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