おのれとの戦い-椿


F2 with Carl Zeiss Planar T* 1.4/50mm


暖かい日が差し込む公園では、小さな子どもたちが元気に遊んでいた。

子供と一緒にいる大人は、お母さんらしい女性ばかり。
どうしてお父さんはいないのか?

ふと公園の隅に目をやると、椿が花を咲かせている。

珍しく晴れた2月初旬のある日の朝。

天気は午後からくずれるそうだ。

毎年訪れる場所へ、桃と梅の様子を見に行こうと決めた。

しばらく車を走らせ、目的地の近くに到着。そこから、10分ほど歩く。

目的地は小高い山の中腹にある公園。

まだ足元一面には、20cmほど雪が積もっているではないか。

桃は8分咲き、青空にみごとに桃色の花を咲かせている。

白梅は、まだまだつぼみ、あと1か月以上はかかりそう。


帰り際、公園の隅にあるブランコを発見。

だが遊ぶ子供は誰ひとりいない。

とてもおだやかな日差しがブランコを照らしている。

そこには静寂だけがおとずれる。


$おのれとの戦い-静寂  Ai Nikkor 105mm/2.5

Nikon F2 with Ai Nikkor 105mm/f=2.5




古いレンズを見ると、いつも思うことがある。

「このレンズを通ってくる光が写し出してくれる画はどんなふうなのだろうか?」

今手元には古いオールドニッコールレンズが7、8本ほどあるだろうか。それらは自分の誕生年と同じか、それよりさらに前に製造されたものばかり。若いレンズでも20年は経過している。
全く興味のない人から見ると、単なる古くて汚いガラクタにしか見えないレンズ達。
でもそれらのレンズは何十年も前から目の前の世界を淡々と写し出してきたはずである。
そして、今のこの時代でも変わらず写し続けている。

このようなことを考えると、さらにオールドレンズを使ってみたいという欲求が高まる。

今日は、愛用しているブラックのNikomat FT2 に Auto Nikkor-O 35mm/f2 (Ai改) を付けてぶらりと出かけてみた。Nikomat はFのサブ機という当時の位置づけにふさわしく、持った時の冷やかな金属の冷たさとずっしりとした重量感を味わうことができる。露出計が付いてはいるが、どうも不安定なのと、1段くらいアンダーな指示を出す。
Nikomat は FTNも持っているが、FTNにしてもFT2にしても、シャッターの感触がとても好きである。
言葉で表現することは非常に難しく、書いたとしても人に伝わらないとは思うがあえて書くのなら、Fより力強く、F2ほど乱暴でもなく、F3ほど軽くなく、適度なトルク感が人差し指に伝わる。また、シャッターを切った後の余韻の感触も一番好きである。

Nikkor-O 35mm/f2 はAi改造してあるものを安価に手に入れた。ヘリコイドは軽めであるので懐に余裕が出てきたら一度OHをしたいと考えている。このレンズは光の加減でコントラストに強弱がでてしまうようだが、風景を写した時など情景の一部でふときれいな色が出ていることがあり、気に入っている。

どれも大切に使っていきたい。



平成22年がスタート。
今年は暖冬だという話だが、1月は正月から雪が降る寒い日が続いた。
とある日、お昼ごろに雪もやみ、いっとき快晴になったので、E-620に Planar 50mm/1.4 ZFを付け、庭の木を撮ってみた。
フォーサーズでは、50mmレンズは100mmの焦点距離となる。
ちょっとした望遠の明るい単焦点レンズになるのだ。


さて、今は2月。
毎日仕事帰りに銭湯に寄っているが、ある時脱衣場で「○○さんじゃないですか?」と
声をかけられた。中学生時代に一緒にテニス部で頑張った同級生だった。
私はすでにアラフォー(笑)だが、よほど子供のころから顔つきは変わっていないのか、
よく声かけられることがある。聞けば、自治体の役人とのこと。
見かけは私よりどう見ても一回りほど年配に見えるし、話しぶりは私よりもはるかに
落ち着いている。

状況が状況だけに、長話しをするわけにもいかず、お互い元気そうな顔を見てよかったと
いいながら、その時は別れた。
またの再開を期待したいものである。

2009年が もうまもなく過ぎようとしているこの今、

地球がおかしくなってきていることを裏付けるニュースが飛び込んできた。

「巨大氷山 南極海から豪大陸へ漂流 伊豆大島の1.5倍」
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/science/global_warming/?1260415482

このニュースを見て、非常にショックを受けた。大変なことである。

我々人間は、それほど遠くない将来、空気を吸い、息を吐き、水を飲み、食料を摂りながら生活しているこの当たり前のことができなくなる日がくるかもしれない、と強く感じる。
人類だけではなく、たくさんの動物たちもこれによって棲みかを追われ、死んでいったり、絶滅を待つだけのものもいるのでは?と考えると、とても心が痛むのである。

一方、幸せボケしたこの日本に居ては決して感じることはできないが、今この瞬間にも地球のどこかでは、今や簡単に治療できるはずの風邪をひいただけで亡くなる大人や子供が、この地球上にはたくさんいる、ということをも忘れてはいけないと思う。


もはや温暖化の進行を食い止めることはすぐにはできないと思うが、なんとか緩和させ、明るい将来の希望を見出せる状態までもっていきたい、そう強く思う。現実を真実として写し捉え、我々一人一人ができることを真剣に考え、それを実行していきたい。