こんにちは。

 

新留です。


 

以前、『プロフェッショナル仕事の流儀』で、ジブリの宮崎駿さんが特集されていたのを見ました。

 

印象的だったのが、ひたすら、

 

「面倒くさい」

 

を連呼していたこと。

 

あの世界の宮崎駿さんが、

 

「面倒くさい」

 

「究極に面倒くさい」

 

とひたすら言っているのです。


 

そして、

 

「面倒くさかったらやめれば?」

 

と言われると、

 

「うるせえな」

 

って言って、やるって言うんですよね。

 

「面倒くさい人だな」と世の女性のほとんどは言うと思います(笑)


 

でも、大事なことってけっこう面倒くさいのですよね。

 

特に習慣になるまでは意識的にしないといけないので、

 

考えるし、疲れるし、楽な方に流れたくなるものなのです。


 

そこを超えると、変わったりするわけなのですが、

 

その手前でやめてしまうこともあるあるです。


 

でも、「世界の」宮崎駿が「面倒くさい」って言ってるんだから、

 

「日本の」「兵庫県の」「宝塚市の」自分が「面倒くさい」って感じるのは当たり前なのですよね。


 

子どもたちの答案を見ていても、伸び悩んでいる子はこの「面倒くさい」プロセスをサボっていたりします。

 

でも、それだと、きちんと積み上がっていきません。

 

「やる量」というのは、正しい「やり方」の土台があって、きちんと積み上がっていくもの。

 

そこを考えずに、ただやみくもに数をこなしてもほとんど意味がないし、何なら悪影響があったりもします。


 

さて、今日から、教室では冬期講習です。

 

高学年では、特に、いっぱい「面倒くさい」考えるプロセスを意識して、練習していってもらいます!