変化していった「振り返り」~前編~。 | 【千葉・オンライン】 はじめのいっぽのブログ

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皆さん、こんにちは!
本気で自分と向き合う!助産師ドゥーラ いし井とも美です。

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さて、題名ですが「振り返り」とは、
お産の振り返り。です。

自分は難産だった、と捉えていました。
ダンナも、同じくそう言います。
実母も周りの人たちもそういう方がいます。

お産に33時間要しました。

そう言うと、それは大変だったね。
と言われます。
確かに大変でした。しんどかったなぁとも思います。

以前は、
ネガティブな印象が強かった出産だった
みたいな捉え方をしていました。

ところが、最近は
いや、あれはある意味安産だった、というかあれでベストな出産だった。
と思えるようになったのです。

最終的に促進分娩(分娩誘発剤を使って、娩出力(陣痛)を補助するお産のこと)でした。

その「形」だけにとらわれていたーーーー。と思いました。

最近は、自分でも、
ベストなお産だったと思うのですーーー。
と人に話すときは言います。

話していて気づいたのです。

ーーーー

なかなか、赤ちゃんが降りてこない。

入院して、有効陣痛が来ていた夕方、助産師に言われました。

頭が大きいのかなーーー?でも推定体重はそんなでもないもんね…?
回旋が悪いのか…?
骨盤狭いとか言われてないよね?


なんて。

私も、よく分からないけど痛みが来るわりに進んでいない感はあったのです。

母だけ呼ばれて、
いや、実は子宮口の開きも良くないのよーー。
なんて(スタッフの声が聞こえていた(笑))

次々、分娩室から赤ちゃんの泣き声が聞こえて焦り、何で進まないのか…。とイライラしたり。

眠れず、破水が先に来て、心配になったり。

早朝、主治医がようやく来て(自分が入院したのは週末で当直体制だった)
「いし井さーーん、半分以上(子宮口)開いてるからさぁ、促進(剤)かけようよー」
と言う。

これ以上はムリだし、分娩停止になっていると分かってもいたから泣きましたーーー。
じゅうぶん頑張ったのに、まだ足りないか?と。

正午過ぎたら帝王切開にするという条件で促進剤を使ったら30分で子宮口は全開して、ストレッチャー(簡易的な移送ベッド)で分娩室へ。
いよいよかと思いきや、また進まない…。と、ガンガン促進剤を増量。
しかし、いきみたい感覚が分からない!
最終的には、介助者の誘導でいきんでいたけど、それにしても降りてこない、という…。

多分Maxまで促進剤を落としていたけれど…。という感じで誘導されるままお産。
ちょっとお腹押すよ、と押され。

ようやく「頭出てきた!」という声と共に、
「あらっ、巻いてるわ。あ、けっこうキツい!」
「ごめん、ちょっと切るよ」
という声。

最終的に2回首にへその緒を巻いた状態で産まれた息子。

ようやく産まれて無事産声をあげた息子に安心したけど。

「どうりで降りてこないわけだーーー」

しかし、一回も心音を落とさなかったので私も介助者もドクターも分からず。

胸の上でカンガルーケアをしていた息子は、顔がうっ血していたし、相当苦しかったのか胎便を大量にしました。

いや、ほんとこの子よく頑張りましたよ、あんな状態で心音落とさないなんて!
そうですねーー、あれで落としていたら吸引(分娩)とかしてたと思いますーー。
とドクターも次々話していたけれど、

当事の私は全然響かなかったのです。

ただただ、

終わったーーーーーー!!
無事産まれて良かったーーー。

って、泥のように寝てしまったのですーーーーー。

長くなったので次回へ続きます。生まれたて当時の息子。