久しぶりのブログで、いきなり呪文みたいなタイトルですが
これ、甥っ子が幼稚園の頃の口癖で
「食べたいもの食べたい 飲みたいもの飲みたい」 という意味です。
彼はチビの頃に、朝6時に元気に目を覚まし、すぐにこのセリフを
まだ寝ぼけている両親にぶちまけていたそうです。
私はこの言葉がとても気に入って、いい大人だけどたまに使っています笑
なんというか、生物として、とてもまっとうで健全な欲求だと思うのです。

今日久しぶりに信頼している方に身体をマッサージしていただいて
私の身体(左足だったかな?)が発していた言葉が
「やりたいことをやる」だったのです。
それで、ふいにこの甥っ子の言葉を思い出したのでした。
さしずめ

たべたいものたべたい!
のみたいもののみたい!
やりたいことやりたい!

でしょうか。
あ、今書いていて左足がジンジンしてきました。面白いな。

やりたい!、というより、やる!と断定口調なのが、まさに今の私と
いう感じがしました。
色々と結構はっきりしてきている今日この頃です。
エネルギーも他人の影響のない、ザ自分!というエネルギーになって
きているそうです。
うん、それ自分でも分かるかも。

かねてからやりたいことに1つに、着物を着たい、というのがありました。
成人式の振袖の袖を切って訪問着に仕立てたのを機に
着付けを習うことにしました。
それが10月のことだったかな?
3ヶ月経って、なんとか自分で着付けられるようになってきています。


ちなみにこの着物は仕立て直したものではなく、母の若かりし頃の着物です

着物って時代、世代、サイズ関係なく着られるのがいいですね。
帯紐や帯揚げ1つでガラリと印象が変わるのも魅力。

自分で着付けといっても、着物はまぁなんとか着られるようになりましたが
帯は、ちょっと他人の手助けがないと難しいかな。
一応指示はできるようになってきているので、着物に興味のない母に
手伝ってもらっても、何とかなりそうです。

何とかなるというのは、着物を着る夢の1つでもあった
お正月に着物で院展に行って、無料で入場する
ということを指します。

そういえば仕立てあがって着付けを習い始めた途端に、結婚式に招待されたので
せっかくなので、仕立て直した着物を着て出席しようと思い立ちました。
結婚式は、さすがに先生に帯をお願いしようかと思っています。
ちょっと、私と着物ちんぷんかんぷんの母だけでは不安(^д^;)
先生といっても親戚の方なので、もう本当に気持ちだけの謝礼で教えて
下さっています。ありがたくてもうただただ頭が下がります。。
帯はともかく、着物はがんばって自分で着たいと思います!

その内、人に着付けられるようになったらいいんだけど、それはまぁ
まだまだ先の話として。
趣味として少しずつ着物にふれていきたいと思っています。
普段ものすごいがさつな所があるので、着物を着るくらいで
ちょうどバランスが取れるような気がする^^;
着ている間だけでも、所作や言葉使いも正されるように思います。
なにより楽しい!

やりたいことをやる

それはエネルギーが動き始める最初の一石なのだと実感しています。









先日ボトルを使い終えた。
上下共にブルーのボトル。
ブルーのテーマと言えばコミュニケーションで、私はずっと伝えることが苦手なんだと思ってきた。
言いたいことが、言えない。喉のチャクラが詰まっていると。
ここ最近、夜中に息が出来なくなることも度々あった。

ところがこのボトルを使っている最中、1つ大きな発見をした。

私は言いたいことが言えないのではなくて、むしろ相手の言いたい(伝えたい)ことを受け取れてないのではないのか

ということに。。

言う!言う!と思ってきた数年があったから、受け取ることがすっかりお留守になっていた。

いや、もしかしたら昔からちゃんと受け取れてなかったのかもしれないな。。

発見したのは酔っ払った時だったのだけど、理性がふっとんでいるからありのままの自分が顔を出した。

ありのままの自分は、発信したい!伝えたい!理解してほしい!

の一点張りだった。

大切なのは相手の言いたいことよりも、自分の言いたいことだ、と。

コミュニケーションとは、伝えることも大事だけど、同じくらい受け止めることも大事。

頭では分かっていたことだけど、私にとってのコミュニケーションの難しさとは、長年自分が話すこと発信することにあったのだ。

そういえば夜中に呼吸が出来なくなる時は、いつも吐くことではなく、吸うことができなくなっていた。無意識に吸い込む(受け取る)ことを拒否していたのかもしれない。

もうこれ以上受け止められないよと。

ボトルワークの終盤に、ふとブルーには"受容”というテーマもあったことに気が付いた。

いつの間にか喉のチャクラを開くことばかりに意識が向いていて、閉じることにはまったく意識を向けていなかった。

弁がぶっ壊れている状態だ。

数年前にボトルワークをはじめる前までは、むしろずっと閉じていたと言っても過言ではない。

私は昔から極端から極端に走ってしまう傾向にある(トホホ)

しかし、ここ数年間開くことに集中してきたから、詰まりは大分取れたのだと思う。

無駄なことはない。

後は必要な時に閉じればいいだけ。時にはスピーカーをoffにしてアンテナをonに。

そいういうバランスの大切さを教えてくれたボトルだった。

ふと気が付けば、夜中に息ができなくなる症状もいつの間にか消えていた。


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母が久しぶりにボトルを引きたいというのでコンサルをした。
これ使うといいだろうなと感じたボトルがやはり重いという。
二本目のチャレンジボトルだ。使ってみるというので、持ち帰ってもらった。
私もついでにボトルを選んで、久しぶりに使ってみることにした。
かなり汗をかいていたのが17番のトルバトール(吟遊詩人)、グリーンとバイオレットのボトルだ。
バイオレットの入ったボトルを使うのはこれが始めて。
どんなボトルワークになるだろうと、使い始めた途端、もう色々なことが押し寄せる押し寄せる。
いつも思うのだけど、ボトルを使ったから、事が起こるのだろうか、事が起こるから、乗り越えるためにボトルを使うのだろうか・・・?
久しぶりだったからか、今まで堰きとめられていたかのように問題が押し寄せてきて、もう笑えるくらいだ。(笑っている場合ではないが)
なんというか、ボトルを使うと運命を乗り越えるスピードが倍速になる気がする。
チャクラを強制的に動かしていくことになるから、そうなるのだろうか。
おかげで仕事もプライベートも大変だ。
この大変さを乗り越えた暁には、かなり強くなる気がする。弱点克服くらいの。
残り2/3、マジがんばろう。。


ちょ~~としんどいことがあって、自分のマスターに助けを求めてみた。

振り返ってみれば"マスター助けて"、と願ったことは今まで一度もないように思う。

というのもマスターって、実はよく分かんなくて、だからクイントエッセンスもこれという効果を実感できためしがなかった。

マスターと繋がるって言われてもね、そのマスター自体がよく分からんのじゃよ。。

一応クイントを使う時には「出でよ!レディナダ!」的な、召還!的な解釈をしていたんだけど、どうも呼び出せた感じも繋がった感じもなく、ポマンダーより分かりにくいなと、つーかマスターって一般人にそうそう感じ取れるものなのかと、ぶっちゃけいるのかよと。←今までクイントについて書かなくて本当に良かった・・・。

ところが先日、マスターとは"内なるマスター”なのだというヒントを頂き、遠い記憶にピンとくるものがあった。

そういえば、結婚前に1、2回、赤ピンクの光に包まれているのを感じたことがあったのだ。

家族とはまた違う親しみのあるプライベートな感じの、すごく慈愛に包まれている感覚を得た体験だった。

あれか・・・!自分のマスターって!←ピンときている。

つまりクイントエッセンスとは、なにもレディナダさんとかマハコハンさんとかいうマスターを召還するのではなく、自分の中のマスターのピンクとかターコイズの光線の側面と繋がるということなのだと解釈。(他の色もしかり)

プライベートマスターとでも呼ぼうか。広義にはそれがクイントの名前のマスターのエネルギーと繋がっているということなのだろう。

そんなプライベートマスターに助けを求めて、しばらくして、助けは思わぬ方向からやってきた。

色々と思考に沈んでいると、ふと、アカシックレコードと繋がってみようという気になり(なんかアクセスする瞑想を習ったことはある)、自分の名前を3回呟いて自分の歴史と繋がるような意識になってみた。

その時に呟いた名前はなぜか無意識に旧姓だった。

旧姓だったからかなんなのか、自分の名前にも関わらず、とても客観的に名前のエネルギーを感じることができた。

私の旧姓の名前からは、つるんと光っていて、全く肩に力の入っていない楽ちんなエネルギーを感じた。

すごく新鮮だったんだけど、もしかしてこれって私の地のエネルギーなのかな。なんだかそんな気がした。

環境とかDNA的なものとか、そういう生まれて後に背負うものの影響を受ける前のエネルギー。

先日沖縄でイルカを見てきたのも大きかったのかもしれない。なにか共鳴するものがあったのじゃないかと。

旧姓を呟けば呟くほど、自分の中のエネルギー回路(チャクラかな)に光が灯っていくのを感じた。

精神的なしんどさがぐんぐん和らいでいく。おまけに風邪ひいてくすぶっていたのが、一気に排出モードに。

これはすごいヒーリングエネルギーなんじゃなかろうか・・・!

旧姓を言う機会は結婚後とんとなかったので気づかなかったんだけど、生まれた時に付けられた名前というのは、地球に飛び込んできたまんまのエネルギーに戻ることができるキーなのかもと思った。

親はなぜかその子にぴったりの名前を付けるというし。(親のエゴが入っている名前もないことはないが、大抵はぴったりなんだろう)

数秘は生まれた時の名前で見るというけれど、きっとそういうことなんだな。

父ちゃん一週間寝ながら考えてくれてありがとう。。きっと私の魂の音を感じてくれたんだと思う。

そしてなんでだかよく分からないけれど、結果としてもやもやがスッキリとしてきて、マスターの助けは思わぬ方向からやってくるのだなと思った。

自分の中のマスターだから、自分の中に答えがあるということなのね、きっと。

最も偉大な教師は、あなたの内側にいます。

オーラソーマ®の創始者、ヴィッキー・ウォールの言葉がまた1つ心に響いた。





つい先日オーラソーマ®のボトルセットが届いた。

我が家にやってきた新しいボトル達はピッカピカな顔をして充実したエネルギーを放っている。

ビシッと並んだ111本のボトル(ダニエルは後日追加)は圧巻で本当に美しい。

見ていると何だか胸がいっぱいになる。(キレイなのとエネルギー当たりするのと多分両方)

このボトルに見とれてしまう気持ちが私のオーラソーマの原点だ。

もう何年前からこの光景を思い描いていたことだろう。

あまりに時間がかかったので、もういっかという気持ちに何度もなったものだけど

このボトルが好きだという気持ちだけはず~~っと変わらなかった。

昨日とあるイベントにお誘いいただき、到着したてのボトルで早速コンサルをする機会を頂いた。

他のカラーボトルシステムではセッションの経験もあるのだが、オーラソーマでは昨日が初。

実質上のプラクティショナーデビューの日となった。

予想以上に多くの方に受けていただくことができ、とても貴重な経験を積ませていただいた。

なによりみなさま、ボトルの美しさに胸をときめかせておられた。

でしょでしょ!キレイですよね~~~!!(心の声。たまに漏れていたかもw)

ボトルの美しさや魅力を周りの人にも伝えていきたい。それが私のプラクティショナーを志した原点なのだと思う。

セラピストとしての原点はまたちょっと違ってくる。

そこではボトルは1つのツールであり、心の深遠へと旅をする駅のようなものだ。主役は心であり、ボトルキレイですよね~~とばかりも言っていられない。

どちらも私の大切な原点であり、まろやかに融合させていきたいと思う。

相反するものが結びついた時、そこに新しい可能性が生まれる。

そのテーマもまた、両極端なものが同居している双子座の私の原点なのかもしれない。