前回プチラパンさんで施術を受けた際

睡眠不足ですか?

と聞かれた。

午前中はゆっくり出来る仕事なので、睡眠時間だけはタップリ取っているはずなんだけど

眠りは浅いし、何度も目が覚めて、どうも熟睡出来ている気がしないので、そのことかもと思った。

どうやら睡眠不足が原因で、頭に気が昇っている状態らしい。

宇宙服のヘルメットを被っているみたいと表現された。シュコーDASH!

毎日8時間は睡眠時間を取っている人間が、睡眠不足。。

なんでだろう。。

頭が休まってないから、眠りが浅いし、眠りが浅いから頭が休まらない。

悪循環だ。

ふと眠る時間の話になった。

プチラパンさんは12時30分までに眠られないといくら寝てもダメなんだそう。

それ考えたことなかった!と目からウロコだった。

正直8時間睡眠さえ確保出来れば、寝るのは何時でもいいやと思っていて、12時過ぎにようやくお風呂に入る始末だった。

眠るのは必然的に1時、2時という生活を送っていた。

私の適切な就寝時間は何時だろう?

その日からそれを探る実験が始まった。

初日は張り切って11時に床に就いた。

翌日の夕方、運転中にしっかり身体に入っているという久しぶりの感覚を得た。

視界も明るくて、周りがハッキリ見えている。

いわゆる地に足が着いている状態だ。

実験初日にして、いきなり結果が出た。

私の適切な就寝時間は、11時台だった。

以来12時までに眠る日が段違いに増えた。

するとあることに気がついた。

朝早く起きても、日中あまり影響しないことに。

8時間は眠らないと無理!と長年感じていたので、6時間でも寝不足にならないなんてあり得ないことだった。

睡眠時間はあまり関係なかったのだ。

大切なのは寝る時間だ。

多くの人が言っているであろう事実に、よくやく気がついた。

それから2か月近く立ち、再びプチラパンさんにお邪魔する機会を得た。

私の状態はどうなっていたのか。

頭のヘルメットは取れているのか。

次回へ続く(かもしれない)










GWに神戸へ遊びにいった。

3月4月がエゲツないほど忙しくて、砂漠の旅人がオアシスに辿り着くかのごとくGWに突入した。

神戸での1日はそれはそれは楽しくて美しくて魂が生き返る思いだった。

GW以前が絞りカスのような状態だったので、メンテナンスがしたくて、プチラパンさんに新しくできたメンテナンスコースをお願いした。


頭が宇宙服のヘルメット被ってるみたいなエネルギーになっていて
チャクラが閉じている訳でもないんだけど、きちんと繋がれていない状態で
フニャフニャと何かから目を逸らしていることが分かった。
18、19歳くらいのエネルギーが頭を覆っているということだった。

しかし右手は見返り無しに子供に教えたいという、純粋な与えるエネルギーを発していて
左手は受け容れる、受け取るというバランスのいいエネルギーを発しているらしい。
とても綺麗な無償の愛のエネルギーが出ているということで、そういう仕事に就いていることを改めて思った。

ちなみに足は右と左で全然違うエネルギーで、私の右足は働く気や気合いが入っているのに(もっと厳しく!とか)、左足は何も考えておらずちゃらんぽらんなのだ。
へへへと笑っているのが自分でも分かった。
しかしそれでいいと開き直っているらしい。らしいというか、その通り。これが私。へへへ。
足は一見フワフワしているようで、芯はしっかりしていて、フワフワはその芯の周りに付着しているということだった。

全体的には成熟したエネルギーになっているらしく、変わりましたね!と言われ、またも仕事に育てられていることを実感した。

後は頭のエネルギーだ。なぜ18歳、なぜヘルメット、、??

今はエネルギーが動くタイミングではないけど、もう一歩で抜けそうとのことで、逐一全部自分でもその通りだと感じた。

相変わらずというか、更に研ぎ澄まされた職人芸のリーディンとヒーリングに感動した。

自分のエネルギーの変化は自分ではなかなか分からないので、人に見て頂くというのは、鏡で確認する作業に似ている。

佳江さんのリーディンは曇りなき磨き抜かれた鏡のようだ。おそろしく透明度の高い水に似ている。

楽しかった神戸の余韻に浸りながら、頭に効きそうなボトルワークをすることにした。

今まで興味なかったボトルが目に飛び込んできた。

44番守護天使。

浮きそうなボトルだけど、腰周りはどっしりしてるとのことだったので、まぁ大丈夫だろうと。


寝不足も原因の一つかもとのことで、なるべく12時までに寝ることを心がけて(ある時間を過ぎるとどれだけ睡眠時間をとっても効果がないという話を聞き激しく納得)ボトルワーク2日目くらいに大きな気付きがあった。
いつもは半分くらいでくるので、ヒーリングの影響が出ていたのだと思う。

私は自分に子供がいないので、子供相手の仕事の本当の部分は所詮私には分からない、という引け目があった事が分かった。

大人になりきれていないという思い、それが18歳に現れていたのだろう。

でもそんな引け目を感じる必要は全くないし、社会の刷り込みというか、私の人生でやりたいこととは無関係な引け目だと感じた。

そして湧いてきたのは「子供たちの成長を見守りたい」という思いだった。

その思いが湧いた瞬間、頭から足までサ~っとエネルギーが通ったのが分かった。

これは私が今の仕事をしている芯の部分だと感じた。

今まで感じていた、子供は好きでも嫌いでもない、そんなどっちつかずの気持ちがごっついヘルメットのように頭を覆っていたのだと思う。
それは同時に身を守っていた何かなのかもしれない。

しかし、好き嫌いではなく、ハートから湧き上がってくる思い。

大人になった彼らの成長を思い、覚えていなくても、接した日々が彼らの養分になればいい。

今、心からそう思う。



















前職を辞めて数年間、オーラソーマのプラクティショナーになろうと

色々取り組んできた。

いざ認定を受けて、活動しようとした矢先に勤務形態が変わった。

バイトから正規雇用になったことで、エネルギーの注ぎ所がそれまでと変わってきた。

全身全霊で取り組まないと追い付かない仕事。

あまりのハードルの高さに、私には無理だ、またいつでもバイトに戻ろうというのが

心秘かなスローガンになっていた。

それが半年経ったころには、スローガンが薄れて、どう乗り越えようか考えることの方が

多くなって来た。

そして1年。

今までオーラソーマの為に勉強してきたことが、全部生かされている仕事なんだと

しみじみ感じている。

子供の話を聴いていく過程も、保護者と相談していく時も

スキルの全部を使って、更に磨き上げていっているような感覚。

1年がかりで取り組む人の成長をサポートする仕事。

私がオーラソーマを通じてやりたかったのは、結局こういうことなんだと

一年の子供の成長を感じて、ストンと納得した。

強く興味を惹かれることというのは、自分を思いもしない未来に

連れて行ってくれるのかもしれない。

オーラソーマの活動はミニボトルの生産中止に伴い

しばらくお休みすることにした。

今は目の前のことに全力で取り組むのみ。

その先にある未来はまた私の想像を超えてくるのだろうか。

楽しみでもある。






子供と関わる仕事をしているのだけど、特別子供が好きなわけでも嫌いなわけでもない。
子供も大人も人間ということに変わりはない。

ただ大人相手の仕事の方が長いので、色々な違いは見えてくる。

大人は本音を隠して付き合う事ができる。
いろい便利だけど、その分変化が遅い。

子供相手に本音を隠して付き合う事はできない。
いろいろ面倒だけど、根本から変わっていくような変化が押し寄せる。

子供中心で子供の為に仕事をしているとは言わない。
私は私の為に仕事をしている。自分に誠実にあるだけだ。

いつか自分が透明になっていって、100%子供の為にと思う日もくるのだろうか?

そうなったら多分私はやることをやり切ったと死ぬんじゃないか。
それでも生かされるのなら、それは第2の人生だと思う。

ただ方向性として、今の道は王道だと感じている。

突き進むのみだ。


























先日ふと思い立ち、とくになんでもない日だったのですが、着物でおでかけしてみました。



振袖を訪問着に仕立て直したものに初めて袖を通してみました。
切った袖があまりに勿体無かったので、バックと草履に仕立ててもらいました。
世界に1つだし、気に入っていた振袖の生まれ変わりとして、とても愛着ある品になりました♪

今回は1日着てみたのですが(お正月は半日だけ)、色々課題も見えてきて、やはり普段から着慣れる必要を感じています。

訪問着よりももっと気軽に着られる小紋をリサイクルショップで見つけたので
機会を見つけて、また着物でおでかけしたいなと思っています。

自分で着付けられるって、少し前までなら考えられなかったことだし、一生の財産になることを教わっているなぁと改めて感じています。